『四月某日 文芸部部室にて』④ (三人称客観視点編) 但馬一輝

  三人は出入口を見た。その視線の先に赤いフレームの眼鏡をかけた三つ編みの女子生徒がいた。制服はフォーマルタイプのセーラー服だったが、胸のリボンは濃いピンク、スカート丈は少し膝上と短くなっていて、黒タイツではなく白ソックスを履いていた。

「こ、こんにちは」三つ編みの女子は目をキョロキョロと動かし、最後にすがるような視線を但馬に向けた。

「おお、本谷、久しぶりだな、新学期になってからは初めてかな」

「そうですね、部室では初めてですかね。学校では何度か会ってますよ、廊下とか学食とか」

「そうだったな」

「こちらの二人が新入生ですか」本谷は目を輝かせ、鴇田と鴫野を交互に何度も見た。

「ああ、そうだ。槇村が選んだ今年の精鋭たちだ」

「一年の鴇田です」

「鴫野と申します。よろしくお願いいたします」

 二人は立ち上がってお辞儀をした。

「私、二年H組、本谷優理香です。よろしくね」本谷は少し顔を傾げて礼をし、微笑んだ。

「まあ、なんだから、みんな座りたまえ」

 但馬の一言で四人は揃って腰を下ろした。

 長机が二つぴったりと繋げた島を囲んで椅子が並べられていて、但馬が議長席につき、その斜め横に本谷、本谷の向かい側に鴇田と鴫野が腰かけていた。

「緊張しなくても良いのよ、但馬さんはこう見えてとても優しい先輩だから」本谷は二人の新入生に微笑みかけた。

「またボクを悪者みたいに言う。緊張はしていないぞ、この二人は。はっきりものも言うからな」

「そうなんですか、それは頼もしいですわ。でも固い空気を感じてしまうのはきっと但馬さんの難しい話を聞かされたり、無理難題を課題と称して押し付けられたりしているからかしら」

「君も言うようになったな。今のはまるで槇村みたいだったぞ」

「まあ嬉しい。槇村さんみたいだなんて言われるなんて、とても光栄だわ」

「そうか、ハハハ」

 笑みを絶やさず喋る本谷と但馬。向かい側に腰かけている鴇田と鴫野は黙っていた。

 鴇田はやや背中を丸め、鴫野は背筋をピンと伸ばし、それで二人の頭の高さが揃っていて、大小凸凹な但馬と本谷とはコントラストを生み出していた。


ブレイク


「さすが小説ですね、言ってもいないことを創作するなんて」鴫野が冷ややかな目を但馬に向けた。

「但馬先輩には、私がこんな『悪役令嬢』みたいな女の子に見えていたのですね。ショックです」本谷は肩を落とした。

「すまん、フィクションだ」但馬の額に汗が浮かんでいた。「三人称客観視点における視点は登場人物とは離れたところにある。舞台を観る観客のような位置付けだ。厳密に言えば舞台というよりも映画やテレビドラマみたいにカメラを通して観る視点だな。登場人物の動きや喋るセリフはわかるけれど、彼らが何を考えているか、どのような気持ちなのかまではわからない。だから淡々と登場人物たちの動作を書き記し、そのセリフを鉤括弧で示す。だからこの文での『すがるような視線を但馬に向けた』という表現は本当はアウトなんだな。三つ編み女子が但馬に向けた視線が『すがるような視線』に見えたのは誰なのか。ここではドラマを観ている者ということになるが、観客の印象を書いてはいけないのでふさわしくない。登場人物の心情を無理に入れようとするならば、彼らのセリフの中に入れるしかない」

「難しいですね」鴇田が言った。

「文が説明的になってしまう。よほど上手い書き方をしないと、ただただ説明しているだけの文章になる。シナリオのト書きみたいに」

「なるほどそれで客観視点ですか」

「登場人物たちがいる世界の外から観ている視点だな。そして同じように外から観ているのが神視点というやつだ」

「上から目線みたいに感じますけど、どう違うのですか?」

「客観視点は登場人物の心情がわからないが、神ならわかるというやつだ」但馬はニカッと笑った。

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