『四月某日 文芸部部室にて』② (三人称一視点編) 但馬一輝
但馬は、高等部新一年生の二人を部室に迎え、熱弁をふるった。果たして俺の熱意は伝わるだろうか。但馬は話をしながら二人の反応をうかがった。
まずは鴫野だ。鴇田とならぶとどうしても鴫野の方に目が行く。姿勢正しく凛々しい。かなり目立つ美貌だ。口元は引き締まり、鼻筋もすっきり通っていて、まばたきが少ない大きな目がじっと自分を見据える。どことなくその目付きが威嚇するようで、但馬は耐えるのに苦労した。おそらくそれは非難の目ではないだろう、そういう目なのだ、と但馬は思うことにした。真剣に耳を傾ける余り彼女は睨んだような顔になるのだ、たぶん。
視線に耐え兼ね但馬は鴇田に目を向けた。何を考えているのかわからない顔というのは鴇田の顔のことだろう。特に特徴がないような印象を受けるがその目だけは気になった。女の子だったら良かったのに、と思えるクリクリの大きな目はよく動く。落ち着きがないのか。それとも緊張してどこを見て良いかわからないのか。まさか俺の目が怖いわけではないだろうな。
但馬はかけていた眼鏡に触れ、それがたしかにフルリムの眼鏡であることを確認した。これをかければ目付きの悪さは少しは改善するはずなのだが。いちいち気にしてもいられないので本題に触れよう。
但馬は二人に課題を与えた。文芸部はただ本を読む者の集まりではない。本を読むだけならひとりでできる行為で、わざわざ群れる必要はないのだ。面白い本があったと紹介し合う行為も教室でクラスメイトとできるだろう。やはり何らかの文筆活動を行ってこその部活だ。書くことがなくても、強制的に書くことを決めて書かせる。そうして書き方を試行錯誤しながら会得していく。それが伝統的に文芸部が行ってきたやり方だ。
方法論の研究は面白い。はまれば癖になる。どうにかこの二人にもその面白さを知ってもらえれば良いのだが。
「無理です。小説なんて書いたことないです。作文でも苦労するのに」
鴫野が嘆いた。その目は本当に非難しているように見えた。
「僕も同じです」
鴇田が言った。しかし「同じ」と行っておきながら、鴇田の場合は槇村不在を不服に思っているように見えた。
二人の反応は予想通りおもわしくはなかった。それはいかに空気を読むのが苦手な但馬にもわかった。しかしそれはもとより覚悟の上だ。上級生の威厳でもってどうにか服従させよう。それで部をやめてしまったら仕方がない。すまん槇村。但馬の頭に槇村の微笑が浮かんだ。その癒しの美貌が恐ろしかった。
ブレイク
「あの、ちょっと良いですか?」鴇田がおもむろに手を挙げた。
「何だ?」但馬は訊ねた。
「槇村さんて、怖い人なんですか?」鴇田は恐る恐る訊いた。
「それは想像に任せる」
「そんなわけないでしょ」鴫野が口を挟む。「これ、フィクションだから。もしリアルだとしても、それは但馬さんにとって怖い存在というだけよ」
「なんだ、そうか」
「納得するんだな」
「何はともあれ、三人称で書かれていて、その『彼』と視点が一致するのが『三人称一視点』だ。一人称小説とほぼ同じ。心で思ったことも(丸括弧)で
「主人公のいる場面しか書けないってことですか?」
鴇田が訊いた。その横で鴫野が目を見開いた。
「その通りだ。正確には一人の人物の視点でのみ書かれるから、その人物がいない場面を書けないということだな」
「僕が言ったことと、どこが違うのですか?」
「語り手の『私』が主人公とは限らないからな。シャーロック・ホームズが活躍する小説はワトソンが『私』として語っているが、ワトソンを主人公とは思わないだろう? ひとによっては、シャーロック・ホームズは『主役』であって、『主人公』はワトソンだとする考え方もあるが僕はやはりワトソンは『語り手』、ホームズが『主人公』だという立場に賛成だな。まあ、主人公とは何かという話をし始めると、また話がそれるのでここではやめよう」
鴇田は頷き、鴫野は但馬と鴇田のやりとりを能面のような顔で見ていた。
「さて、一人の人物の視点で書くと、ずっとその人物が登場し続けなければならない。その人物がいない場面を書きたくなることもあるだろう。そういうとき章を変えて視点人物も替えてしまうという手法がとられる。第一章は鴇田の視点で話が進み、第二章は鴫野の視点で話が進む、といった感じだ。これなら一人称視点の制約が解除されることになる。三人称一視点でも同じだ。その場合それを三人称多視点の小説と分類することもあるが、僕の考えでは章の切り替えで視点を替えても一つの章の中では一視点の場合は三人称一視点だと考える。本来の三人称多視点とは一つの章の中でも多視点になっているものだと思う。ということで次にいってみよう」但馬は意気揚々と言った。
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