『四月某日 文芸部部室にて』① (一人称編) 但馬一輝
新学期が始まった。四月は新年度の始まりでもあるから校内に多くの新入生の姿があった。その数、高等部中等部とも百五十名。この新顔三百名を狙って今年も部活連が新人獲得競争を行った。今もそれは続いている。
俺が副部長をつとめる文芸部にも幸いなことに高等部の一年生が男女一人ずつ入部した。さすがは槇村だと俺は思う。槇村を部長にしたのは正しかった。
文芸部は代々女子が部長を務めている。部員数は多くないが開校当初からある由緒正しい部活で、校内で発言力のある有能な生徒がたくさんいて部活として存在感があった。昨年度の部長は生徒会長もしていた。
しかしどの部活にも谷間の世代というものがある。四月から三年生になった俺の学年には俺と槇村の二人しかいなかった。槇村は読み専門だ。俺は書くことは好きだったが万人受けするものは書けなかった。新二年生の二人のどちらかに部長をやらせることも考えたが、新入部員を勧誘するにはそれに適した人材が良い。そう思ったから槇村を部長にしたのだ。
槇村は学年でも五指に入る美貌の持ち主であるばかりか、清楚で上品な物腰に加え、誰に対しても包容力を発揮する唯一無二の癒しの存在だった。槇村を慕うのに男女の区別はない。槇村ならきっと男子も女子も新入生を連れてくるだろう、と俺は思ったのだ。
そして俺の思惑は的中した。槇村は男女一人ずつ新入生を入部させることに成功した。その後は俺次第だ。俺がヘマさえしなければ新入部員は定着するだろう。俺の責任は重大だった。
新入部員との初顔合わせの日、俺はできるだけ粗相をしないように、身なりを整え、スクエア型フルリムの黒縁眼鏡をかけた。
俺の外見の印象は良くない。体格が良い。肩をいからせているつもりはないが威圧感を与える姿勢をしているらしい。そして最大の難点は目付きが悪いことだった。それはもう二年の鮫島にも引けをとらない、いかつさだった。
だから、できるだけ目立つ黒くて太いフレームの眼鏡をかけて、少しでもインテリ風の顔になるようにした。自分のことも「ボク」と称することにしよう。
些細なことだが第一印象は大切だ。ひとを見かけで判断するなと言うが、見かけも判断材料だ。いやむしろ見かけの方が大事だ。その人物が何を考えているかなど容易にわかるわけでもないし、人となりを知るには何年もの月日がかかるだろう。
それはさておき、俺はひとり咳払いをして新入生たちが入ってくるのを迎えた。
彼らの印象は良かった。
男子は
女子の方は
全く、槇村はなかなかスカウトのスキルが高い。俺は内心の興奮と緊張を隠して新入生二人を歓迎した。
ブレイク
「ちょっと待ってください、但馬さん、こんなキャラですか?」
鴫野が口を挟んだ。それはつい二日ばかり前に但馬に言われたセリフをなぞったかたちとなった。
「実は『俺』って言うんですね?」
「一人称はその時の気分で変えている。もちろん相手にもよる」
「さりげなく重大なことが書かれてますが」鴇田が蔑んだような目を但馬に向けた。「槇村さんは勧誘のための人寄せパンダだったのですか?」
「何を言っている。槇村は部長だ。その事実に変わりはない」但馬はとぼけた。「それはさておき、この話は一人称で書いてみた。次は三人称一視点だ。一人称小説では『俺』が語っていたのだが、それが無人称の語り手になり、『彼』や『彼女』のことを語る。一人称の場合は語り手と視点が一致する。それが三人称になると、『彼』と視点が一致する場合としない場合に分かれる。まずは三人称一視点だ。三人称一視点は原則として『彼』ひとりの視点で語られる。『語り手』と『視点』についてはおいおい説明することにしよう。まずは読んでからだ」
鴇田と鴫野の追及を適当にいなして、但馬は次に進んだ。
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