但馬先輩は中身のない講評を行い、そして創作論の導入部を語り始めた
放課後、文芸部の部室。今日もまた男子二人、女子一人、生徒がいた。
「なかなか興味深かったよ。見込んだ通り、今年の一年は筋が良い」但馬が満悦の笑みを浮かべた。
「お世辞言われても嬉しくないですよ。それに、どうして今日も
「どこかで部員を勧誘しているんだろう」但馬はとぼけるように言った。「さてそれでは簡単な講評といこうか」
「はあ……」鴫野がわざとらしいほどはっきりとため息をついた。
鴇田はすでにあきらめたような、ノッペリとした顔になっていた。
「まずは鴇田君の作品だが」但馬は鴇田に体を向けた。「いきなり倒置を使うとは面白い。部室で小説を書いているシーンに始まって、入学式の日を振り返るなんて、なかなかのテクニシャンだ。ただ学園の説明はくどかったな。あれで読者の三割は読むのをやめたぞ、きっと」
「読者は但馬先輩と鴫野だけですよ」鴇田は口を開いた。「二人とも最後まで読んだじゃないですか」
「部員が書いたものを読むのも部活動だからな」
「そうですか」
「元女子校で、お嬢様学校で、今もそのなごりで校則が厳しいことを示すのに制服のくだりが必要だったとして、あそこまで書く必要はあったのか?」
「槇村さんのキャラを浮き立たせるために制服は必要だと思ったんです」
「いつも公式行事用のフォーマルスタイルを決めているってことか?」
「それで、あたしが対照的に描かれたわけね?」鴫野が話に加わった。
「だって鴫野、もう制服にアレンジしてるじゃん」
「これ、普通じゃない?」
「だから槇村さんは普通とは違うと言いたかったんだよ」
「まあ、話を戻そう」但馬が抑揚の無い声で言った。「槇村の頭の中がお花畑のように書かれているが……?」
「しょ、小説です。フィクションです」
「憧れの先輩のように書いておいて、中身は不思議ちゃん。君はそういうのがタイプなのか? いわゆるギャップ萌え?」
「そんなことないですが、槇村さんのようなタイプの人が身近にいないので、ちょっと誇張して書きました。他意はないです。あくまでフィクションです」
「キャラを浮き立たせるための措置だと」
「そうですね」
「どうだか」鴫野が横目を向けた。
「続いて鴫野さんのだが、タイトルが今風だな。ラノベ好きなのか?」
「好きというか、ネットでよく読んでいるので」
「独白のような語り口で面白かったよ。ちなみに実際のところはどうなんだ? こんなキャラだったのかと訊いた時にはフィクションですって怒られたが」
「ベ、別に怒ってなんかいませんよ、そんな畏れ多い。たしかに読書よりは体を動かすことの方が得意でしたね。半分くらい本当のことですね」
「君も槇村の魅力に落とされた一人なのか?」
「そうです。でもはじめの二日くらいでもう槇村さん来ていらっしゃらないみたいで」
「詐欺だと思っているわけか?」
「はい」
「正直だな」但馬は笑った。「槇村に勧誘を任せて正解だった。素直な部員が入ってくれて嬉しいよ。二人とも思ったより書けるのでこの先が楽しみだ。タイトルは逆でも良かったかな。鴫野の方が『あたしが文芸部に入部したわけ』で、鴇田が『美少女が部長をしているので文芸部に入部したら実は幽霊部員だった。これって詐欺じゃね?』って感じで」
「やっぱり幽霊部員だったのですか、槇村さん」鴫野が肩を落とした。
「いや、部長であることは間違いないよ。その方が部員を集められるし。ただ槇村は何かと忙しい奴だし、それに読む方専門だからな。才能がないから書けないって言うんだ」
「僕も才能はありませんが」
「私もです」
「才能なんてなくても書く気があれば書けるんだよ。売れる作家になるかどうかとは別の話だ。今は誰でも金をかけずにウェブで小説を公開できる時代だ。せっかくだからいろいろチャレンジして書いてみるのも面白いぜ」
「但馬先輩はたくさん書いているのですか?」鴇田が訊いた。
「まあ、ボクも才能がないから書いたところで誰も読まないけどな」
「どんなのを書いていらっしゃるのです?」鴫野が訊いた。
「ボクのは実験的小説だよ。前衛的って言えるレベルになると良いんだがまだそこに達していない。ここには顔を出していない二年生の部員の方がまだ閲覧者がいるものを書いているな」
鴇田と鴫野は黙って但馬が語るのを聞いていた。
「ストーリーの作り方は二年生の方がよく研究している。週に二回くらいは部室に来るから話を聞いてみると良い。それまではしばらく『語り手と人称』について考えてみることにしよう」
但馬の提案に鴇田も鴫野も白い目を向けたが但馬は表情も変えずに訳のわからないレクチャーを始めた。
「まずは、例を見ることから始めよう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます