『おしとやかな文化系少女として高校デビューしたかったあたしは、可憐な先輩女子に惹かれて文芸部に仮入部した。しかしそこに先輩女子の姿はなく、無礼無骨な男子ふたり。これって詐欺じゃない!?』③ 鴫野亜実

 次の日から文芸部の部室で槇村さんの姿を見ることはほとんどなくなった。すっかりレアキャラになってしまったのだ。

 そして代わりに現れたのが、ガタイの良い先輩男子だった。

 但馬と名乗った彼は三年生で、文芸部の副部長だという。

 大きな黒縁眼鏡をかけた但馬先輩はインテリを気どっているらしく、やたらと理屈を捏ね回し、後輩に教えたがった。それはまるで溢れそうになっている知識をひけらかして平静を保っているかのようだ。

 あたしと鴇田は黙って但馬先輩のうんちくを聞かされることとなった。その揚げ句が、短編小説を書け、だ。

 あたしは不本意にも鴇田と目を合わせる羽目になった。そして結局、あたしも鴇田も但馬先輩の指示に従うことになった。なぜか文芸部を離れるという選択肢は思いつかなかった。それは槇村さんの魅力なのか但馬先輩の魔力なのかわからない。とにかく、あたしと鴇田は短編小説に取り組んだ。

「ところで、小説を書くにあたって、最初に決めなければならないことがある。何かわかるか?」但馬先輩の御高説が始まった。

「テーマでしょうか? そしてタイトル」あたしは思わず口走っていた。

 なぜか鴇田には負けたくなかった。二人に訊いたのなら先に答えねばならない。そういう強迫観念にとらわれていたのだ。

「ストーリー、プロット?」鴇田が続いて答えた。

 プロット? 何それ。カッコつけて。

「たしかに、そういうのは必要だな。まあふつうはそう答えるよな」但馬先輩は嬉しそうに言った。「しかし小説なんてものは極端な言い方をすればテーマやストーリーが無くたって書けるんだ。タイトルも書き始める時点では必要ない。売れる、とか、読んでもらうことを意識しなければ無くても構わないんだよ」

 は? 何それ。

「書いても読んでもらえないなんて寂しくないですか?」あたしは訊いていた。

「なるほど、君は寂しさを紛らすために小説を書くのか。そんなに寂しいのならボクがそばにいてやるよ」

「結構です」ってか、小説、書いたこと無いし。

 横で鴇田が下を向いて笑っている。いつか瓦割りをかましてやろう。

「話を戻そう。テーマやストーリーが無くても書き出せる。しかし決めないと書けないことがある。それは語り手の人称だ」

「語り手の」

「人称?」

「つまり、一人称で書くか三人称で書くか、といったことだ。『私は……』で書くか『彼は……』で書くか。それを決めないことには始まらない。それさえ決めればあとは課題さえあれば書くことができる」

「課題って……」テーマではないのか?

「ということで、課題は君たちがこの文芸部に入部することになったいきさつを小説にして書くこと、だ。志望動機ではないぞ。おそらく君たちは我が校文芸部に入りたくてこの学園に入ったのではあるまい。文芸部の存在すら知らなかっただろう。そんな君たちが今ここにいるに至ったいきさつをボクにわかるように一編の短編小説にして書いてくれたまえ」

「ええ!」とあたしも鴇田も声を揃えるように叫んでいた。

 しかしそれでいて、何だかそれも面白いと思ってしまった。その時あたしたちはやはり文芸部の魔の匂いに誘き寄せられ、食虫植物モウセンゴケの葉っぱに挟まれたハエのように身動きとれない状態になっていて、それを苦痛だと思えないようにされていたのかもしれない。

 あたしたちは言われた通りに書き始めた。一人称小説の形式で。


ポーズ


「モウセンゴケのくだり、面白いレトリックだな。ちょっと浮いているけど」但馬がにんまりした。

「僕にも書けませんね。なかなか個性的です」

「ケンカ売ってるね?」鴫野は冷ややかに言った。

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