『おしとやかな文化系少女として高校デビューしたかったあたしは、可憐な先輩女子に惹かれて文芸部に仮入部した。しかしそこに先輩女子の姿はなく、無礼無骨な男子ふたり。これって詐欺じゃない!?』① 鴫野亜実

 あたしの名は鴫野亜実しぎのつぐみ。「亜実」と書いて「つぐみ」と読む。あたしの名前を「読み」で知った友だちは、あたしのことを「つぐみ」だとか「グミ」だとか呼ぶけど、はじめに字を見てから友だちになった子たちは「アミ」と呼ぶことが多かった。

 どちらにせよ「しぎの」と苗字で呼ぶことは少ない。文字を見ても読めないし、音で聞いても「え、何て?」と聞き返される。要するにややこしい苗字なのだ。

 そんなあたしが入学式の次の日、先輩女子から「しぎのさん」と呼びとめられたのだから無視できるはずがなかった。

 それは保健室での出来事だった。

 入学式があった日のホームルームでクラス委員の割り振りがなされ、あたしは保健委員になった。保健委員は男女一名ずつ二名いて、体調不良の生徒を保健室に連れていく役割もあり、あたしはいきなり授業開始初日にその責務を果たすことになった。

 その日は体育の授業があったのだが、初授業でいきなりつまづく子がいて、転倒した彼女は膝を擦りむいただけでなく、足首を捻挫したらしかった。体育の先生に言われ、あたしはその子を保健室に連れていった。

 そして授業に戻ろうとしたその帰りにあたしは呼びとめられたのだ。どうもその先輩も同級生を保健室に連れてきた保健委員だったようだ。

「はい?」何でしょうとあたしは先輩を振り返った。

 どうしてあたしの名前を知っている。保健室で名乗ったっけ? それとも知り合い? 見たこともない顔だけど。あたしは戸惑っていた。

「珍しい名前なのね、鴫野さん。どんな字を書くの?」

 目で見たわけではないのか。ではやっぱり耳で聞いたのだ。あたしは「鴫野」という字を彼女に説明した。

 彼女は何やらひとりで感心していた。何だかふわふわした癒し系の美人さんで保健委員は合っているのかもしれない。

 しかしどことなく不思議ちゃんの匂いがして、あたしはどう対応したら良いか迷っていた。

 すると彼女はいきなり訊いてきた。

「ねえ鴫野さん、読書はお好き?」

「は?」

「本を読んだりするのは好きかな、と思って」

「どうしてそう思われたのですか?」

「あなたから本好きの匂いがしたから」

 いやそれ、ありえないでしょ。あたしのどこに本好きの要素があるって言うのよ。っていうか、あなた、誰ですか。

 あたしが言い及んでいると不思議系先輩女子は頭に手を当てて笑った。

「あら、ごめんなさい、自己紹介をすっかり忘れていたわ。私は槇村雪菜まきむらせつなです。三年で文芸部なの」

「ああ、それで……」読書が好きかと聞いたのか。本好きの匂いなんてウソだな、とあたしは思った。

 あたしは、おしとやかな女子に憧れてこの御堂藤学園に入学し、新たに文化系女子として高校デビューを果たそうと試みているが、根は体育会系なのだ。小学生までは空手の道場に通ったり、地域のこどもバレーボールのチームにも入っていた。その流れで中学時代はバレー部にいたが、身長が高いわけでもなく、それでも無理して頑張っていたら膝をいためてしまった。二年生の途中で運動部から足を洗ったのだ。

そんなあたしから本好きの匂いなんてするわけがない。

「もし良かったら今日の放課後に文芸部の部室に来て。後悔させないわ。その選択は良かったと、きっと思うわ」

 そう言って槇村さんはあたしの目をじっと見た。

 その澄んだ目にあたしはやられた。

 あたしは文学少女になれるだろうか。


ポーズ


「さあ、どうだろう」鴇田がつぶやくように言った。

 鴫野が身を震わせているのを見た但馬は、おだやかに言った。

「つづき、つづき……」

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