『僕が文芸部にいるワケ』④ 鴇田量也

 槇村まきむら先輩が鴫野しぎのに部活動の概要を説明し終わるまで僕は黙って二人の様子を見ていた。いや、槇村先輩の尊顔をずっと鑑賞していた、というべきか。文芸部の部長を務めるだけあって、槇村先輩は上品で悠然とした所作を見せてくれた。言葉遣いの端々にお嬢様の気質が窺える。

 僕はとても幸せな気分になっていた。

 やがて説明が終わったところで槇村先輩は僕の方にも向き直った。

「何かわからないことはあるかしら?」

 何を訊こう。先輩って、お付き合いされている男性などいらっしゃいますか、なんて訊いても良いものだろうか。とわずかの間思っていたら鴫野しぎのが口を開いた。

「あの、他に部員はいるのですか?」

「もちろんよ、三年生が私以外に一人、二年生は二人。あなたたちを入れて高等部は六人になるわ。中等部にも四人いるから、これで文芸部も安泰ね」

「姿が見えないのは?」

「図書室や教室で本を読んでいるからかしら。そのうち副部長の但馬君が顔を見せると思うわ。ちょっと強面だけれど、悪い人じゃないから驚かないでね」

 槇村先輩の笑みが、その時の僕には良からぬことを企んでいるいたずらっ子に見えたが、結局何も訊ねることなく、その日は雑談とお茶を飲んで終わってしまった。それでも僕は幸せな気分に満ちていた。

 その翌日、僕と鴫野の二人は待ち合わせたわけでもないが二人揃って放課後に文芸部の部室を訪れた。

 そこに麗しの槇村先輩の姿はなく、代わりに僕たちを迎えたのは四角い黒縁眼鏡をかけた肩幅もあり背も高い、何やら威圧的な男だった。

 察するにこの人物こそ副部長の何某ではないかと僕は思ったが、僕たちが口を開く前にその男の方が先に喋り出した。

「おお、君たちが新入部員か。待っておったぞ。クリクリ目の可愛い男の子に勝ち気そうな美少女ではないか。これはなかなかの逸材だ」

 その表現が適切かどうか僕にはわからない。しかし少なくとも僕は「クリクリ目の可愛い男の子」などと言われたことは生まれてこの方一度もなかった。

 それは鴫野も同じだったかもしれない。呆気にとられた顔で但馬を見上げていた。

 ただ、鴫野を「勝ち気そうな美少女」というのは間違ってはいないと思う。まだ入学して三日目であるが、クラスにいるときの鴫野を見ていると、すでにクラスで高い地位を築いているように見えた。おそらくは体育だとか理科や社会、あるいは家庭科といったグループワークを行う授業で何らかの発言権を得る機会に恵まれたのかもしれない。決して饒舌ではないが一言発するとその場の誰もが耳を傾けるくらいの存在感をすでに教室で得ていた。

 するとどうだろう。帰納的に考えて、但馬先輩の僕に対する「クリクリ目の可愛い男の子」というのも満更嘘でもないのかなと思ってしまう。もっとも、但馬先輩に可愛がられたからといって僕は少しも嬉しくないのだが。


ポーズ


「嬉しくないのか?」但馬は驚いたように鴇田を見た。

「小説です、これは」鴇田が答えた。

「最後まで読むまで口を挟まないのではなかったのですか?」鴫野が冷たく言い放った。

 三人は最後まで静かに読み進めることを暗黙のうちに誓った。

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