現代を書くということ(創作論:別名「37.6度目の嘘」のあとがき)

 話題提起。現代の日本を舞台に書かれた娯楽小説の意味。そのことについて、考えたことがあるだろうか。

 もっと広く曖昧に尋ねよう。今、娯楽小説を書くことに、どのような価値があると思うだろうか。


 その名の通り、一つは読者に「娯楽」を与えるというものだと私は思っている。昨今の娯楽小説の舞台は、過去・現在・未来に加えて異世界と様々だ。

 どの作品においても言えることとして、

「現代の日本を舞台にして書いた娯楽小説」「今、この時に書いている娯楽小説」

上記のどちらにおいても、今日の世相を映す鏡として大きな意味を持つと私は考えている。


 このように考えることとなったのは、私が公募に向けて19世紀の話を真剣に取り組むようになったのがきっかけだった。


 たかが一世紀。されど一世紀。

 私は多くの壁にぶつかった。今もぶつかり続けている。まず、その時代の女性が一人で歩いていたかすらわからなかった。財布と鞄が、いつから持つようになったのかすら分からない。靴の形一つにしても歴史がある。

 手っ取り早く写真を検分したが、それも限界があった。映画やドラマと言った映像も勿論鑑賞した。しかし、10年ずれると流行りの衣服さえ変わってくる。なによりも白黒のものが多く、なんとなくでしか判らない。

 何年か前に、白黒写真をカラーにすることができる技術が話題になった。今なら、その重要性がよく理解できる。


 更に言えば、第一次と第二次世界大戦により、地図は役に立たなくなっている場合が多かった。地形こそ変わらないが、所々に道が消え、目印となる建物もなくなる。

 加えて、毎年のように変わっていく法律。


 話を変えよう。50年から60年前に、日本で暮らしていた方は知っていると思う。

 「たばこや」という店が、かつての日本にはあった。若い方もタバコだけを売ってる店があるのは、もしかしたらご存知かもしれない。


 私が父から聞いた、60年近く前の東京の「たばこや」は、大体お婆ちゃんがやっていたそうだ。彼女たちは、畳の上に座っていたらしい。窓ガラスをコンコンと叩くと、家の中から、お婆ちゃんがやってくるのだという。その頃は、正月に開いている店など無かった。そのため、子どもだった父は、年末になると祖父から「タバコを5箱、買ってきて欲しい」と言われていたそうだ。


 たったこれだけの話なのに、もう令和3年の現在と違う。ご存知の通り、現代日本社会において未成年がタバコを買うことは出来ない。なによりも、年始にどこも開いていない、なんてことはコンビニが近くにある地域ではほぼ無いだろう。何せ、舞台は東京だ。ほぼほぼ考えられない。


 さて、この話を聞いたとき、私はいくつかの疑問が湧いた。もし、読んでくださっている方が、私と異なる疑問が浮かんのだなら、是非、勉強のために教えて欲しい。


 1. お婆ちゃんと子供の目線は、同じだったのか。それとも、大きく異なったのか。また、お婆ちゃんはどのような服装と髪型をしており、普段はどこにいたのか。常にガラスのそばで待機していたのだろうか。


 2. 窓ガラスは磨りガラスか否か。模様があったのかどうか。そして、それは常に綺麗だったのか。窓ガラスによって、その当時の衛生と技術が垣間見えると私は思っている。


 3. 箱は、現在と同じツルツルしたものなのか。それともペラペラの紙だったのだろうか。


 4. 5箱という数が絶妙であるが、何日でどれくらい吸っていたのだろうか。また、当時の男性にとって、それくらいを吸うのは平均的だったのか。それとも、限られた人間しかタバコを買うことは出来なかったのか。

 

  5. 何故、お婆ちゃんと言う狭い層の人間が「たばこや」をしていたのか。お婆ちゃんと表現される年齢層は、現代の日本と同じなのか。


 6. 当時の貨幣と今のとでは、どれくらい異なるのだろうか。


 全て、父に尋ねてみた。父は答えてくれたが、突っ込んで聞くとあやふやなところが多かった。それは、記憶が薄れていると言うこともあるだろう。しかし、同時に、当時の日本において、その光景は当たり前で、特別記憶するような物では無かったとも言えるのだと私は思った。父の名誉のために言うと、我が父は大変観察力と洞察力に優れた人間である。思考も明晰であり、今でも尊敬している。


 閑話休題。


 高々一世紀前の資料の内、映像と共に参考になったのは、その当時に書かれた小説だった。勿論、全てがわかるわけではない。ただ、人々の行動と考え、その当時の理念。勿論、暮らしや交通、ファッションなどと言った類。そう言ったものが小説から透けて見えるのだ。


 こう言う経験を得て、現代社会を舞台にした恋愛を書いてみたのが、「37.6度目の嘘」だった。https://kakuyomu.jp/works/16816927859149601643

(個人的にはアダルトな雰囲気を持つと思っている作品。好き嫌いが別れるお話だとは思うが、よろしければ読んでいただけると嬉しい)


 これを書いたのはコロナ禍真っ只中の2021年12月。けれども、作中ではマスクをさせていないことから、最低でも今から2年前、または今後訪れるかも知れないマスクをしない近未来が舞台であることは想像される。

 もしくは、そう願う作者わたしが生み出した仮想社会か。


 現代日本を映すものとして、上記の物語に意識して書いたことがある。(もしかしたら、今後10年は変わらないかも知れないことではあるが)


 ・ビジネスホテルがネットで予約できること

 ・ビジネスホテルのセミダブルの一室に、男女か泊まることは普通であること

 ・8年前にはお揃いのストラップを持つことという発想があったこと

(スマートフォンになってから、ストラップは以前に比べてはるかに目立たなくなった。イヤホンジャックに至っては、過去の物になりつつあると思う)

 ・男女が対等に会話できる社会であること


 一方で、現代日本社会における性別というものを誇張するために書いたのが、「カシスソーダ」と「直人」の存在だった。


 ここで質問。「カシスソーダを頼む男」について、どう思うだろう。

 何も思わない。または、普通。もしくは、好ましい。そういう方は、とても現代を生きていらっしゃる。

 変わっている。なよなよしいと思う。ビールじゃないのか。そう思った方は、もしかしたら、過去の概念に囚われている私と同じかも知れない。握手をしましょう。


 では、「直人」についてはどうだろう。

 一途。かっこいい。良い人そう。怖い。愚か。可哀想。身勝手。その他、様々。さて、彼を考える際に「男のくせに」という言葉は入っただろうか?


 この数年で、「ジェンダー」という言葉をよく聞くようになった。「ジェンダーレス」、「LGBTQ+」。今回、私が書いたことはそんなに大層な話ではない。

 ただ、「女児のブルーランドセル」や「男児のピンクランドセル」が受け入れられ始めているように、性別で好きなものを制限される時代ではなくなりつつあることを書きたかった。

 「武器が好きな女の子」や「着せ替え人形が好きな男の子」を、大っぴらに公言することは恥ずべきことでない時代になって来ている。(但し、理由が性癖の場合は、その限りではないかも知れない)


 少なくとも、現代日本の直人たちよりも下の世代において、特定の性別であることをラベリングとして使用する人は、かつてより減った印象を受けている。それもまた、一つの現代日本の在り方だと私は思う。だから、敢えて物語にそれを組み込んだ。


 さて、大分、長くなってしまった。そろそろ長ったらしい文章にお疲れだろう。飽きてきたかもしれない。


 結論から言うと、現代社会の日本を書くことは、未来の日本に大変役に立つと思っている。正確にいえば、現在書かれている物語は全て、後世の研究に役立つだろうと考えている。

 (なので、自由にたくさん書いて欲しいし、私が好みのものはたくさん読みたい)


 その時代の人間を見る上で、個々の感情がもっとも表現される小説ほど、わかりやすいものはないと私は考える。

 歴史小説であれば、その当時はここまではわかっていたという指標になる。

 SFは、その時代において、「近い将来はこんな問題が起こる。または、そのような未来が来る」と予期されていたことを知ることが出来る。そして、その大抵は、現代の問題と地続きであることが多い。


 何故、その時代を設定したのか。

 何故、それを書こうとしたのか。

 それでなければならなかった理由はなんなのか。

 そこに、何を見ているのか。


 限りある時間を使うのだ。折角なら、私は自分に問て、書いていきたい。


 以上。長く固苦しい文章読んでいただいたあなたに、心からの感謝を込めて終わりとする。

 出来れば、あなたにとって良い執筆活動や素晴らしい読書生活を一日でも長く送れますよう、願いを込めて。

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