未来の姫君へ

 君、迷子なの?

 このご時世、声掛けて交番まで連れて行くのにも気を遣う。身長は普通の女子よりずっと高く、男子に間違われることも少なくない。おまけに、迷子の子は可愛いふわっふわの天使のような女の子ときたものだ。

「おかあさんを探してもらお?」

 そう言うと大きな瞳が私を映して、暫し見つめた後、こくりと小さく頷く。白くて小さくて可愛らしく綺麗な手が、肌荒れで無骨とも言える手をきゅっと握る。交番までの道のりを歩く姿もまるでお姫様みたい。

「いいね、可愛くて」

「いや。きらいだもん」

 お姫様はふるり、と首を横に振った。ああ、親の好みというやつねと察する。私も小さい頃は母親が頑張って着飾ったっけ。でも、何をどうやっても可愛い洋服は似合わなくて、小学校上がった辺りで諦めたのか服はシンプルイズベストへと移行していた。まあ、私の性格にもその方が良かったのだけど。

 でも、時折こんなに可愛い服が似合ったらどうなったんだろう、とは思わないでもない。王子様とやらに巡り会ったのだろうか。

「おねえさんは、こういうおようふく、すきなの?」

 こてり、と髪がふわりと動作に合わせて揺れた。

 まず私をおねえさん、と認識しただけでもすごい。声もハスキーと言われる類だから、初見正確な性別を当てられた人は三割にも満たないのだ。

 ううん。質問に、暫し考える。

「似合えば好きになったかもね」

「ふぅん」

 天使は見上げて、笑う。

「にあうとおもう」

 ……お世辞が上手いな。まあ、そういう家庭に育ったのかもしれない。曖昧な笑顔で受け止めたのがバレたのだろうか。少女はぷうと頬を膨らませた。

「しんじてないなら、しょうめいしたげるから。まってて!」

 ぱっ、と彼女は手を振りほどいた。瞬間、気配が消える。え、と思う間もなく、私の耳には街の音が流れ込んでいた。そこではた、と気がつく。

 私は、彼女を見つけた今どき珍しい電話ボックスから、動いていなかったことに。


***


 電話ボックスと言えばさ、と彼は話し出す。

「あそこで、子どもを狙った通り魔事件があったんですよ。丁度前で、一人殴られて意識不明になって」

「うわ、こわ」

 先日体験した不思議な話をすると、後輩は笑ってそんな話を始めた。身長はほぼ同じ、非常に顔が整っていて、先日も女の子に告白されてたっけ。 

「まあ、一週間ほどで意識戻ったらしいですよ。割とヤバかったみたいですけど」

「一週間も意識不明だったらそりゃヤバかったでしょうよ」

 素直にそんなことを言うと、ううん、と彼は言葉を選ぶようにゆっくりと声を紡ぐ。

「意識失っていた側は魂だけの状態で、この辺り彷徨ってたんじゃないですかね。迷子、なんて」

 おいおいおいおい。何怖いこと言っちゃってんですか。

「私の話はつい先日でしょうよ。事件があったのはもう昔のことでしょ」

「魂だけの存在が同じ時間軸にいるとは限らないじゃないですか。未来にふらりと迷い込んで暫く帰れなかったのかもしれない。先輩が話しかけたことで、漸く元の時間軸に帰ることが出来た、とかね」

「SFみたい。それともオカルトとか、そっち? 随分想像力たくましいじゃん」

 後輩は軽やかに、笑う。


「先輩に似合うお姫様みたいな可愛い服なら、俺が選んであげますよ。言ったでしょ、証明するって」


 お姫様になってもらいますよ、と手を取られる。

 白くて小さくて可愛くて綺麗な手は、少し骨ばって男の手になっていた。


「まずは、この痛々しい手にクリーム塗るところから始めましょうか、お姫様」

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こばなしのたね 来福ふくら @hukura35

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