アンブレラ・レッド

 この道は雨の日に、幽霊が出るんだよ。

 そんなことを聞いたことがあった。小学生の頃だったか。ぼんやりと俺は「本当かよ」と思ったし、同じく本当かよ? と疑った友達同士でその道をわざと通ったりしたものだ。勿論、幽霊など現れなかったし、そのうちそんな話を忘れていたもんだ。


 何で、そんなことを今思い出したのか。


 十数年ぶりに、故郷へ戻ってきたからかもしれない。しとしと、と雨が路面をどんどん濡らしていく。湿気がこもる中、俺はまた『あの道』に戻ってきた。

 視線の先で、くるくる、と赤い傘が回っていた。じとり、とその向こうから少女が陰気な顔で此方を睨んでくる。あちこちが透けていて、ああこいつ生きてないんだな、とすぐ理解した。

 ああ、なるほど。

「やっと見えたな」

「どんかんなひとには、みえないのよ」

 ぼそぼそ、と聞こえるか聞こえないかくらいの小声でそれだけ呟いて、またくる、と傘を回す。

「いつまでそこにいる気なんだ?」

「かえりみちが、わからないんだもの」

 だからずっとここで、まってるの。雨のしずくに乗って、言葉はアスファルトへ染み込んでいく。ふぅん、と俺は首を傾げた。誰かを待っているわけでもなさそうだ、と判断して、俺は手を差し出した。

「待ち合わせじゃなくて、迷子なら、一緒に行くか?」

「……いいの?」

 ぱちり、と、瞬いた彼女の目が俺を初めて見た。笑って、答えてやる。


「その代わり、俺んちに寄ってくれよ。最後の挨拶ってやつ、しなきゃいけないんだわ」


 同じように、透けた手に、小さな手が伸ばされた。

 いいわよ、と声がして、赤い傘がまたくるり、と回る。

 なあ、小学生の俺、幽霊がいるって噂、本当だったぞと伝えてやりたかったが、当然叶いやしないだろう。


「……しにたて?」

「もう少し、言い方ってもんがあるだろうが」


 人生にサヨナラの色は、鮮やかなアンブレラ・レッドだった。

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