PART7
力の限り振り回されるベイクの手足は、しかし虚空を掻き乱すばかりでゴルドンが纏ったかさ張る鎧には掠りもしない。
「どうしたどうした。獣は狩れても闘いは素人か? 騎士ごっこでも、都の子供たちはもっと上手くやる」
「テメェ!」
「力むと却って技は冴えを失うぞ。闘士の技っていうのはなぁ、こういうものを云うんだよ、少年」
ご褒美だ――ベイクが放った宙空での回し蹴りの二連撃を身を屈め掻い潜ったゴルドンはそう言いながら右手による掌底打ちをベイクの腹へと叩き付けた。
圧力と衝撃にベイクの口から酸素が吐き出され、胃液が逆流を起こす。ゴルドンの掌底打ちは対象を突き飛ばすことなくその場に留め、さらなる追撃を可能とする。ゴルドンが左手に拳を握った。
「レアぁっ、やれえっ!!」
しかし追撃が訪れるほんの僅かな合間にベイクは必要なだけの酸素を取り入れ叫んだ。すると彼の背中を越えて幾つもの光の矢が弧を描き飛び出す。
レアが解き放った、その矢は“魔術”によるものだ。彼女の魔力に輝く、両手の十指から放たれた超常の力。それは彼女の意思により操られ、ベイクを避けて敵であるゴルドンにのみ向かってゆく。ただの鎧であればその直撃に耐え得ることは不可能。
「ふん、小賢しい」
口許を面頬で覆い隠したゴルドンであるが、彼の目許の歪みが笑みを代わりに表す。彼はベイクへと追撃の一撃を叩き込むことが出来たが、しなかったに過ぎない。
攻撃へと出てゆくことのなかった左と、戻ってきた右とで障壁を築き頭部を庇ったゴルドンへと全ての矢が命中し、巨大な閃光が衝撃と共に炸裂した。
巻き上がった土埃と落ち葉たちが舞う中、墜落したベイクを心配して駆け寄るレア。ベイクは彼女に下がるよう言いつつ起き上がる。まだ白ずくめが残っているのだ。
「――かつては人間を蹂躙したエルフ由来の魔術だが、今となってはそんなもの、本気で通用すると思っているのか?」
その声に二体の顔から見る間に血の気が引いてゆく。魔力の残滓による揺らぎの中には濃紺の鎧があり、下ろされた両腕の奥から無傷のゴルドンが顔を出し、彼の青い双眸が煌めく。
ゴルドンは言葉を失くす二体に自らが纏う鎧殻を見せ付けるように両腕を広げ、正面に側面、そして背面が見えるようにくるりとその場で回った。
「オークに、エルフ。ドワーフは、まぁよく知らんが……。人間を凌ぐ種族が数多存在するこのクソ溜めみたいな世界で、人間は生存を懸けて知恵を絞り結実させた。“
そして再び二体の方を向いて、得意そうに片方の眉をつり上げながら語りを終えたゴルドンは最後にこう付け加える。
「とは言え私はこんなものなくともオークを倒したし? エルフの魔術も躱したがね……」
光の矢が降り注ぐ。ゴルドンが語らう間に魔術の矢を作り上げたレアが彼の剥き出しの頭部を狙って放ったのである。
しかしゴルドンはヤの一つ一つをするりするりと合間を縫って回避し、あまつさえ歩みを進める。
そして矢の雨の範囲から抜け出た彼を、彼の目の前に立ちはだかったベイクの拳が強襲した。
「悪くない連携だがもう一ひねりないと……う〜ん、詰まらん」
だがベイクの拳は既に一度防がれている。それも渾身の力を込めた一打をだ。なので今回の攻撃もそうなる……かに思われたが、ゴルドンはそうしなかった。
ぎりぎりまでベイクの拳を引き付けた上で掠るか否かというところでゴルドンは彼の拳を避ける。拳が風を巻き起こし、ゴルドンの前髪が揺れた。だが当たってはいない。
ベイクは更に左の打撃を放ち、
「この……っ」
「良ーぃキレだ。が、直情的でなんとも……」
「テメェっ!!」
「だがそれも美点かな。しかし惜しい」
止まないベイクの連続攻撃は嵐のようで熾烈。彼の激情も相まって並の者ならば萎縮して動きを鈍らせ、目測を誤ることだろう。しかしゴルドンはそうはならなかった。
ベイクの攻撃の合間に“敢えて”反撃を試みる。颶風の合間を縫ってゴルドンの掌底がベイクの腹部へと飛び込んだ。
「ぅえ!?」
レアの頓狂な声がして、すぐに悲鳴に変わる。ゴルドンの掌底打ちで吹き飛んだベイクが援護の機会をうかがって回り込もうとしていた彼女へと衝突したのだ。
ゴルドンはベイクの猛攻の合間にレアの行動すらも把握して、ベイクを利用し阻止したのである。がむしゃらなベイクの攻撃が却ってレアからの援護を遮ってしまっていたのである。
しかしベイクをもろに受けて諸共転倒しかけるレアの両手はゴルドンを向いてた。
「おっと――」
「ぶっ飛べぇぇえっ」
気付いたゴルドンが声を上げ、間髪入れず上げられたレアの叫び声がそれを掻き消して、彼女の両手から螺旋状に絡み合った光の渦が二つ伸びた。
光の渦はゴルドンへと直撃を果たしたが矢のように炸裂は起こさず、圧力が渦のそれぞれを両腕で受け止めたゴルドンを押し返してゆく。
程なくして両腕を振り払い、やはり無傷で光の渦の軌道を逸したゴルドンであったが、目の前に竜人の二体はいなくなっていた。やれやれと頭を振るゴルドン。
「仕方ない、追ってやるとするか」
ゴルドンの口許から面頬が解け、顕になった口元には笑みがあった。嘲笑とは違う笑みだった。まるで愉しそうな……
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