PART8

「悪ィ、レア。またオレは……」

「気にしてない。それより、ちゃんと来てるかな?」

「ああ、ヤツは来る。オレたちを金づるとして見てるし、なにより……何よりヤツは……」


 何より? レアが訊き返すと、共に山中を駆けるベイクは答えた。


「愉しんでる。闘うことを」


 ベイクの胸中に恐れや怯えと共にあって、それらを焼き尽くさんとしている熱があった。痛みや怒り、しかしその熱の最たるもの。それをベイクは考えて、察する。“闘志”であると。


 闘いの中で覚える熱は肉体を支配し、闘争のために動かす。いくら恐れても怯えても、熱に支配されたその肉体は逃走を許さない。ベイクがゴルドンという絶対的な存在に立ち向かえるのもその熱によるものだった。


 きっとゴルドンも同じようなものに突き動かされているのだろうとベイクは考えていた。実力差は歴然で、魔術すら弾く鎧もある。にも関わらずゴルドンはベイクたちをすぐに取り押さえるようなことはしなかった。


 戦闘に於いてもわざわざベイクの攻撃を引き付けてから回避するような危険な立ち回りをしていた。それはおそらくスリルを味わうための苦肉の策だったのだろう。


 様々な感情の中にベイクは悔しさを覚えた。やがて目的地がやって来る。まずベイクが速度を落とし、レアへと目配せする。彼女は頷き、先をゆく。



 1



「いないいないばあっ」


 それからしばらくして茂みを突き破ってゴルドンが姿を見せた。おどけた調子はベイクの背中を捉え、この場で追いつくと踏んでいたからだ。


 しかし着地をしてゴルドンは「あれれ?」と首を傾げる。ベイクなど姿も形も無かったのだ。


 腰に手を添え肩を竦めるゴルドン。そんな彼を件のベイクが頭上より奇襲する。


「二点だ」

「チィッ!」


 だが察しが良いのか反応速度か、樹上より殴り掛かったベイクの拳が届くよりも速くゴルドンの蹴りが彼を迎撃した。


 股ぐらがほぼ一直線になるほどに鋭いその蹴り上げ。踵はやはりベイクの腹部に直撃し、そして衝撃が背中へと突き抜けてゆく。よってベイクは弾き飛ばされず、ゴルドンはベイクを乗せた脚を振るって彼を地面へと叩きつける。


 ベイクは叩きつけられる直前に受け身を取りすぐに起き上がると、そのどさくさに掴んだ土をゴルドンの顔へと目掛けて投げ付けた。


 そうしてゴルドンがまぶたを閉じた隙にベイクは彼の懐へと飛び込んでゆく。視界を遮られたままのゴルドンが放つ掌底打ちを躱し、ベイクはその腕を掴まえると体を翻す。腕を巻き込み、ゴルドンを背負うようにしてからの投げであった。


 咆哮しながら竜人特有の膂力を以て強引にゴルドンを投げたベイクであったが、彼の腕を掴む手は放さない。するとゴルドンは頭から地面へと落ちる形となる。しかしそれだけでは済まさなかった。


 投げると同時にベイクの右膝が放たれ、落ちてくるゴルドンの頭部を狙ったのである。


「はっ、三点にアップだ!」


 頭蓋を確実に粉砕するベイクの連携であったがゴルドンは自由な左手を頭部と膝の合間に入れ、手甲で膝を受け止めると手のひらで頭部への衝撃を緩和。体が投げ放たれると腰を捻り両脚を振って姿勢を整え地面へと着地する。


「まっ……だまだァッ!!」

「良い負けん気だ、五点にしてやる。やったな」


 ゴルドンの余裕な口振りが気に入らず、なめているのか面頬すらしていない口許に絶えず浮かぶ微笑にベイクの胸の熱は怒りを加えてより強くなってゆく。


 突撃の後、勢いを利用した間合いの外から飛び込む蹴りを放ち、それをゴルドンが紙一重で左に回避するとベイクは体が中空にある内に左の蹴りを続け様に振るう。


 けれど既にベイクの技が“そういうもの”であると見切っているらしいゴルドンには命中しない。より際どく、爪先が産毛をくすぐるような距離で彼はベイクの攻めを避け続ける。まるでゴルドンの幻影をベイクの攻撃がすり抜けているようであった。


 だが、着実にベイクはゴルドンを押し込んでいた。

 ゴルドンからの反撃は腹部にしか飛んでこないことをベイクも知っているので、全てではないにしろ直撃から逃れられることも増えてきていた。そのことにだろうか、ゴルドンの笑みが濃くなってゆく。


 やがてベイクが放った飛び込みながらの右拳を、その速度に合わせて飛び退ることでやはり間一髪で避けたゴルドンであったが、彼の背中は茂みに突っ込み、そしてそこを抜け出すと枝葉に遮られていた陽光が彼へと一斉に降り注いだ。


 倒れ込むベイクと共にゴルドンが着地したのはそれまでの土の上ではなく岩の上。陽光に照らされ白く輝く岩場が彼の目には映り、そして耳にはざわざわと水の流れる音が届く。


 渓流かとゴルドンは振り向き、その先にレアの姿を捉えた。


「……っ!!」


 レアは合掌させた両手の先をゴルドンへと向けていた。その合間から迸る閃光は魔術。ゴルドンが振り向こうとして、しかしその前に立ち上がったベイクが右拳を再び固めた。すると彼の拳を真紅の炎が飲み込んでゆく。


 魔術の規模は輝きからしてもそれまでの比ではない。ゴルドンの意思に応じて鎧殻が面頬を展開した。


 しかしベイクの拳も、彼の際限なく膨れ上がる闘志の如く、今まで透かしてきたものとは異質となっている。


 どちらに甘んじるべきか――そんな甘美な悩みがゴルドンの動きを一瞬鈍らせる。その隙を見逃さずベイクの炎の右拳が尾を引いて発射され、レアの両手からもまた竜の大顎の形をした魔力が解き放たれ咆哮した。


「テメェはここで――」

「――倒れろぉぉおっ」


 爆炎と閃光が彩る爆音が響き渡り、山の鳥たちが一斉に飛び去った。渓流を形成する岩場へと白ずくめが姿を現した。吐息に口許を隠す布が揺れ、なだらかな傾斜を描く肩も大きく上下に揺れており、急いでいた様子が伺い知れる。


 頭巾から僅かに覗く白ずくめの碧い双眸が落ち着きなく動き、目の前の煙幕の中を探った。やがて一陣の風が吹き煙が乱れると共に何かが地面へと落ちる鈍い音がした。

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