PART3
「ジジイ、シシ獲ったぞ」
レアからの追究から逃れ、村の奥にある自宅に帰ったベイク。彼の自宅も他の家と同様に少しの木組で土壁を支え、石で補強しキノコやコケたちを生やし光を放っている。
出入り口に掛かっている
「メシの支度は出来てる。バラしておくからその辺に置いとけ」
地べたの上に組まれた板床、その上に敷かれるのは乾燥させた草を編んだ敷物である。そこに置かれた座布団に胡座をかいて座り肘掛けに肘を預けた老竜人をガンダーと云う。
ベイクやゾルディン同様に裸をして、肥大した手足に鱗と爪を持つ彼はベイクの養父であった。頭部に削り取った黒い角を生やし、口の周りに髭を蓄えたガンダーのしゃがれた声に従ってベイクは担いだイノシシを土間へと放る。
上がり
「レアんとこにも分けてやりたいから頼むな。オレの分は少なくして良いから、ジジイん分残してあとはあいつにやってくれ」
「テメェが持ってきゃいいだろうが」
「ヤだよ。あいつン
ガンダーと入れ替わりで家へと上がったベイク。彼はそれまでベイクが当たっていた囲炉裏の所に行き、自らの座布団の上へどかりと腰を落とすと用意されていた食事に手を伸ばす。
食事と言っても漬物と焼き魚が食膳にあるばかりである。ベイクはそう文句を垂れながら二尾ある焼き魚の内、一尾を手に取り頭から囓った。竜人の顎の力であれば川魚程度の骨格は何でもないのだ。
「……まぁ、お前たちの好きにすりゃあ良い。どのみち竜人という種族は終いだ」
「ホントに竜はもうこの世にいねえのかよ?」
「ああ、だからお前たち二人は好きに生きろ」
イノシシの巨体を解体し始めるガンダーの背中を尻目に見ながら、彼の言葉を素直に受け止められないでいるベイクの表情は複雑だった。
ベイクとレア、この二体は竜人の最後の世代と呼ばれている。竜人とは竜と人との間にしか発生することのない種族であり、竜が絶滅した現在ではもはや栄えることの出来ない運命にあった。
だがベイクはそれを信じ切ることが出来ない。それは前人未踏の“世界樹”というものが存在するからだった。
「じゃあオレが見付けてやる」
「あン?」
「竜だよ。竜を見付けて竜人を増やしてやる」
「……好きにしろ」
「ああ、だからオレは絶対、“世界樹”に行く」
誰も知らない秘密の場所だから、竜もいるかもしれない――そんなことを言って口角を持ち上げて笑うベイクを、今度はガンダーが尻目に覗き見て鼻を鳴らした。嘲笑とは違っていた。
「出てくのは勝手だが、村のもんに迷惑掛けるなよ」
ガンダーからのその注意はそれこそ耳にたこが出来るほどベイクやレアは受けているので、根菜の漬物を噛み砕きながらベイクは生返事する。ガンダーもそれを咎めることはしなかった。
「うしっ、オレはもう寝るぜ。明日はクマ捜すからな」
大した量もない夕食をあっという間に平らげて、ベイクはそう言うとぱたりとその場に仰向けになって倒れた。
角も背鰭もまだ発達しない幼体の竜人は就寝のときに不便をせず、またベイクは寝ると決めればいつでも何処でも寝ることが出来るという特技を持っていた。
すぐに上がる寝息を聞いてガンダーがベイクを見た。
この村もいつまで“竜狩り”の目から隠れていられるか分からない。きっとじきに彼らの魔手が及ぶであろう。その魔手にベイクとそしてレアがかかったとき、竜人という種は終焉を迎えることになる。
竜人という種族にも、この世にももうさほど興味の無いガンダーにとって種や個としての終焉などどうでもよかった。しかしベイクとレアだけは別だった。そしてそれはこの村にグラス、彼ら二体の父であり母である皆も同じであった。
「……頃合い、か」
振り下ろされた山刀がイノシシの骨を立つ音が響いた。
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