第73話
そしてその預言は、本物になりつつあるらしい。
お父様は真面目な顔で続けた。
「最初は誰も『悪い事』が何なのか分からなかった。
でも…実は近頃、魔獣の出現があちこちで報告されているんだ。
勿論、国民には知らされていない」
私とイッシュの顔はきっと真っ青だっただろう。
まさか、のんきに毎日を過ごしている中でそんな事になっていたなんて。
「僕たちも魔獣を見たのは初めてなんだ」
私が落ち込んでいるのを見てか、お兄様が優しくそう言った。
「えっ?そうなの?
2人とも戦い慣れているようだったから、てっきり…」
「ふふ。そう見えたなら光栄だな。
私もアレンも、訓練はしていたけど実践はさすがに初めてだったよ」
「あの時は皆を助けるのに夢中だったしね」
オーウェンもお兄様も、嬉しそうに微笑んだ。
「そうだったのね…」
急だったはずの実践であれだけ戦えるのは、素人の私が見ても凄いと分かった。
「…お父様!」
「…うん。なんだい?ルージュ」
私がお父様に向かって言葉を発する前に、イッシュに手を握られた。
イッシュの顔を見ると、恐らく考えている事は同じだろう。
お互いに頷き合う。
「私…」
「俺も…」
「「戦えるようになりたい!!!」」
2人の声が重なる。
お父様は驚く様子も無く、優しい眼差しのまま頷いた。
「きっと君たちならそう言うと思っていたよ。
アレンや王子だって、私達からトレーニングを強要したことは一度も無かったんだよ」
そう言ってお兄様の頭を優しく撫でた。
「自分の意志で戦うと決めた事に意味があると、私は思う。
父親として、本当は全員に危険な目にあって欲しくないし、本当は最近までアレンと王子でも訓練する事に反対していたんだ」
「えっ…それが、どうして…」
私が疑問を口にすると、お父様はまた真面目な顔に戻る。
「今日、初めて魔獣を目の当たりにした。
しかも、襲われたのは愛する我が娘と息子同然に思うイッシュ君だ。
…残念だが、今後このような事が増える可能性だってある。
そう思うとね。
やっぱり自衛の意味でも、三大貴族として他人を助けるという意味でも、戦えるようにしていた方が良いだろうと思ってね。
でも、君たちが自分から言わないのなら強要するつもりは無かったんだ。
…2人とも、ありがとう」
立派になったな、と呟いてお父様は私とイッシュの頭も撫でた。
「安心して!お父様!
私の魔力が強いのは知ってるでしょう?
きっと魔法を勉強していけばある程度は強くなると思うの!」
私のその発言に張り合うようにイッシュも言う。
「お、俺もです!俺だって、親父に剣を習ってきた。
最近は勉強ばかりで剣術を
そうイッシュが言った直後、お父様がぎゅーっと私とイッシュを抱きしめた。
「お父様?」
「2人とも…」
既に鼻声だ。
「本当に、立派に…立派になったんだなぁぁ!
わた、私は嬉しいぞ!」
どうやら、我慢の限界だったらしい。
ついにお父様が泣き出してしまった。
「もう、お父様ったら!泣き虫ね!」
私がそう意地悪を言うと、『お前が言うなよ』と耳元でサニーの声がするのだった。
***
「…はぁ。疲れた~!」
話し合いも終わり、皆が私の部屋から出て行った後にそう叫ぶ。
「大丈夫か?ルージュ」
私の肩に隠れていたはずのサニーが、いつの間にか私の目の前にいた。
「サニー。
ねぇ、私が気を失ってる間ずっと側にいてくれたの?」
「まぁな。心配だったからな」
何だか、出会ったばかりのツンツンした態度が無くなったからか、最近のサニーは素直な気がする。
「ありがとう、サニー」
「おう」
指先で頬をグリグリしても、嫌がらなくなった。
「っていうか、預言者って奴も適当だよなぁ!」
サニーが唐突にそんな事を言う。
「ん~まぁそうね。
私もそこは違和感だったかなぁ。
そもそも『悪い事が起きる』なんて、言っておけば絶対に当たりそうじゃない?
何か…こう言ったらなんだけど、当時の王様は騙されたんじゃないかしらとさえ思うわよ」
私の言葉にサニーは大袈裟に頷いた。
「いつ何が起こるか、明確に言えば良かったじゃねぇか!
こんな微妙な言い回しをする奴って本当、何考えてるのか…」
何だか誰かを思い浮かべながら言っているように感じた。
「サニー?そんな人が周りにいるの?」
すると、サニーは溜息をつく。
「前に話しただろ。精霊王。
あいつもなぁ~そんな曖昧な言い方をする奴なんだよ!
『これから良くない事が起こりそうだから、気を付けて』
だの、
『今日は良い事が起こるはずだから、楽しみに1日を過ごすと良い』
だの!!
いや、何が起こるのか言えよ!!」
思い出しながらサニーは怒りに任せて叫んでいる。
それでもやっぱり精霊王様の話をする時のサニーは、どこか嬉しそうで。
家族の話をしている時と似ている感じがする。
「ふふ!で、それは本当に起こったの?」
「…分からん。どれが良い事だったのか、良くない事だったのか。
王に聞いても『自分で良いと感じた事があれば、それが良い事だよ』
とか抜かしやがる」
「それは、何て言うか…ちょっとだけ、詐欺っぽいわね」
「だろ?」
精霊王様の陰口なんて、ここ以外では絶対に言えないなと思いながらサニーと笑いあった。
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