第72話

シルビア、イッシュ、オーウェンは私が目を覚ますのを待ってくれていたようで、私の無事を確認してからシルビアは家へと帰っていった。


イッシュとオーウェンは、お父様から話があると言われて私の部屋に残っている。


「ルージュの部屋でそのまま話して悪いが…

みんなに…いや、イッシュ君とルージュに話しておかなければいけない事がある。

ルージュは起きたばかりなのに、すまないね」


「大丈夫よ、お父様。

起きて1時間もするし、今はすっきりしているわ」


そう言うと、お父様は頷いた。


「アレンとオーウェン王子は知っている事だが…

近い未来、『悪い事』が起こるらしいんだ」


「…悪い事?」

何とも、曖昧な話だ。

私が言いたい事を分かったようで、お父様は続けた。


「そうだな。最初から話そう。

昔、今の王…つまり、オーウェン王子の父君がね。

ある預言者と話をしたんだ」


「預言者?」

この世界にそういった人がいるとは思ってもいなかった。


「うん。この国ではなく別の国の人でね。

有名な預言者らしかったんだが、今から20年前にこの国に訪れた。


そして、王に言ったんだ。


『近い未来に、この国で悪い事が起こるだろう』


その悪い事っていうのが何なのかまでは、分からないと言われたそうだ。

でも、とにかく戦う準備を。

武力をそろえておくべきだと」


私はその言葉に愕然とした。

この世界は平和なものだと思い込んでいた。

ゲームでは戦う話なんて無かったから。


やっぱりこの世界は、私が知っているゲームとは違う世界だと再認識する。

そう考えていると、お父様は話を続けた。


「でもね…王は優しいお方だから。

相当悩んだんだ。

この事実を国民に伝えるべきなのか?

でも伝えたのに、『悪い事』が起こらなかったら?

近い未来っていつなのか?


…それを知る術は無かったからね。

だから、王族と私達三大貴族だけこの事実を知る事となった。


そして、各自魔力や剣術に磨きをかけようと。

特に、その役を買って出てくれたのがイッシュ君の父君だったんだよ」


そう言ってイッシュを優しい眼差しで見る。


「…親父が?」

イッシュは本当に驚いているようだったが、納得もしているようだった。


「そう。騎士を集めて、この国の主な武力を作り上げた。

本人も当然鍛えていたしね。

この国の武力は主にコールン家。


更に、王族は魔力が強い者を集めて訓練もしている。

それを、おおやけにはしていないけどね。


そして私達ホルダー家や、フォン家も何かあった時にはすぐに戦力になるように出来る範囲で戦力を鍛えているんだ」


なるほどと、私は頷く。

イッシュ達の家がたくさんの騎士を育てているのも、私の家にいる護衛騎士達が精鋭揃いなのも納得した。


そして…私が出かける度に過保護になるお父様とお母様も。

こんな話を聞いていたら、心配するのも無理はない。


そこまで考えて、私はハッとしてお兄様を見た。


初めてあの呪いが発動して、初めて私が死んだあの時。

あれだけは、どうしてお兄様がナイフを私に投げてきたのか理解できなかった。


他の選択死はどれも何故死んだか分かったが、最初だけはずっと分かっていなかった。


「…特訓、してたのか…」

私は思わず呟く。


「ルージュ?」

不思議そうにお兄様が覗き込んでくる。


「お兄様!もしかして、お兄様はずっと特訓してたの!?

小さい頃から…ずっと?」


私がそう聞くと、お兄様は気まずそうに目を逸らしながら言った。


「ルージュには黙ってたけど…実は。

投げナイフの訓練はずっとしてたんだ…ごめんね、内緒にしてて」


「ううん!ううん!いいの!

お兄様は練習をしてただけなんだもの!」


お兄様の頭上にはハテナマークが浮かんでいるようだったが、私は嬉しくなった。

あの最初の死は、やっぱり故意じゃなかったんだ!

勿論、お兄様が私を殺すなんてあり得ないと思っていた。


だけど…どうしてお兄様がナイフを私に向かって投げたのか。

それは心のどこかでモヤモヤしたままだった。


内心喜んでいたが、ふと疑問が沸き上がった。


「でも…どうして、オーウェンやお兄様はその事を知っているのに、私達は知らされていなかったの?」


心からの疑問でそう聞くが、一瞬お父様は気まずそうな顔をした。


「正直に言うよ。

ルージュとイッシュ君は…この国の事を知らなすぎたからね。

ルージュ達が勉強をするようになって、色々な事を学べたら伝えるつもりだったんだ」


その言葉に私とイッシュは恥ずかしくなり、顔を下に向けた。


「責めているわけじゃないんだよ!

そもそも、元々は本当かどうかも分からない預言ではあったんだ。

イッシュ君もルージュも、きっとゆっくり大人になっていくと私達は信じていたし、その時が来た時に話そうと思っていた。

そして、最近の2人を見てそろそろ話すべきではないかと考えていたところだったんだ」


「そうだったんだ…」


私とイッシュは顔を見合わせる。

きっと同じことを考えているだろう。

恥ずかしさと後悔。

もっと早めに、色々な事を学んでいれば…って。

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