第70話

「きゃ…」

今にも叫び出しそうなシルビアの口を、手でふさぐ。

私のその行動に、シルビアは黙ってコクコクと頷いた。


シルビアから手を離して、ゆっくりと後ずさる。


「落ち着いて。まだあんなに遠いのよ。

ゆっくり、ゆっくり下がっていきましょう。

こっちにまだ気づいてないかもしれない。

声を出さずに、ゆっくり下がって…お父様達に知らせるの」


自分にも言い聞かせるように私はそう言い、2人も黙ってそれに従う。


「ルージュ…あいつ…」

「サニー、何か知ってる?」


私は肩にいるサニーにブツブツと話しかける。

2人からしたら独り言に見えるかもしれないが、もうそんな事はどうでもよかった。


「いや…俺も見た事は無いけど…

多分アイツは…魔獣、だと思う…」


声色から、サニーも緊張しているのが分かった。


「魔獣…?」

「ああ。黒くて不気味な獣は魔獣。

実物は見た事ないが、そう教えられてきた。

俺もすごく嫌な感じがするし、間違いないと思う」


私は混乱した。

ゲームでは魔獣なんて出てこなかった。

魔法は確かにあったが、何に使うでもなかった為、何で魔法があるのか。

何のために騎士がいるのかも分からなかったのだ。


聞いた事もないその獣を見ながら冷や汗が流れる。


「とにかく、逃げなきゃ…」

そう呟きつつも足が棒のようで、緊張からちゃんと一歩一歩後ろに下がれているのかが不確かだった。


緊張から息も荒くなる。

そんな時…


ドサッ


「あ…わたし…」

音がした方を見ると、シルビアが青ざめて座り込んでいた。

足元を見ると枝が突き出ている。

恐らく、そこに躓いて尻もちをついたのだ。

そもそも後ろ向きで歩き続けるなんて無理があったのか。


そんな事を考えていると、目の前の黒い獣がこっちを見て…

歯を見せ、ニィィっと笑った。


「…っ!シルビア、立って!逃げるわよ!」

「ご、ごめんなさい、私のせいで…」

「良いから!!」


放心状態のシルビアを無理やり起こし、イッシュとシルビアの背中を押して走らせる。


「振り返らないで!走って!!」

私は大声でそう2人に怒鳴り、サニーに後ろを見るよう伝える。


「サニー!?あいつは!?」

「ダメだ。まだ追いかけてくる。

スピードが速い!追い付かれるぞ!」


サニーが焦っているのが痛いほど伝わった。


「ルージュ!」

サニーのその言葉に振り返ると、ハッキリと姿を確認できるほどの距離に魔獣が…。


「あ…」


私は思わず立ち止まる。

死んだわ。これは死んだ。

何度も死んだから、これが死ぬ瞬間だっていうのは嫌でも分かる。

ああ。死ぬのか。

でも、まぁやり直せばいいし…


え?やり直せるの?

だってこれって…私が動けてるって事は、選択死の結果じゃないのよね?

じゃあ、やり直せないんじゃないの?


え?じゃあ、私…本当に死ぬの?


そんな事を考えていたが、サニーの大声に我に返る。


「ルー!!魔力を込めろ!!

俺の魔力と足して、シールドを張るぞ!早くしろ!」


「…!分かった!

イッシュ!シルビア!来て!私から離れないで!」


「「ルージュ!?」」

少し先に行っていた2人は、私の言葉で私が立ち止まっているのを見て青ざめる。

慌てて戻ってきて、何が何だか分からないまま私の体に抱き着いた。


私は両手を目の前に出し、無我夢中で魔力を込める。

「ルー!イメージしろ!ドームだ!お前たちを守る、ドームを想像しろ!」


私は精一杯に想像する。

私達の周りを囲み、誰も入れさせない。

そんなドーム型のシールドを。


「はぁぁぁぁっ!!!」

気力で負けまいと声を出し、魔力を込める。

すると、サニーの魔力と合わさって想像した通りのシールドが出来上がった。


「ルージュ…凄い…」

「こんな事が出来るなんて…」

2人はポカンと口を開けている。


でも、油断は出来ない。

魔力を授かったばかりの私では、シールドを作り続けるだけで精一杯だった。


魔獣がとうとう私達の元へとたどり着き、ガンガンとシールドを叩いてくる。

身体の内側に響くような音で、私は苦しくなった。


「ルージュ!?大丈夫!?」

シルビアが泣きながらそう言うが、私はニコリと無理矢理笑顔を作るだけで精一杯だった。


「2人にお願い…2人の魔力を…上空に打って。

お兄様達に、知らせ…るの」


苦しいながらも2人に指示を出す。


「え?でも…」

意外にもイッシュが戸惑っているようだったが、涙を拭ったシルビアが大きく頷いた。


「分かったわ!

イッシュ様、やるわよ!!」


「やるったって…俺の魔力は…」

「分かってる!私だって魔力は強くないわ!

でも、やらなきゃ!ルージュだけに頑張らせるわけにいかないでしょ!?」


その言葉にイッシュはハッとして、頷いた。


「幸い、私とイッシュ様は同じ風属性よ。

同調しやすいと思う。一緒に打てば、魔力を高められるはずよ!」


そう言ってシルビアはイッシュの手を取った。

イッシュも頷き、2人で魔力を高めていく。


「今よ!イッシュ様!」

「おう!」


シルビアの掛け声と共に、上空に風魔法が放たれた。

それは細めではあるが、1本の柱のようで…

きっと誰かが見つけてくれるだろう。


「出し続けるぞ!シルビア!

ルージュも、もう少し耐えてくれ!

絶対アレンやオーウェンが…ラウルス様達が来てくれるはずだ!」


イッシュのその言葉で、私も少しだけ楽になる。

本当に来るか分からない。

でも、お兄様とオーウェンならきっと来てくれる。


それまでは絶対、このシールドは壊させない!!

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