第67話

「まぁ聞けって。

お前がウルティを心配しているのと同じくらい、皆お前を心配してるんだよ。

お前、あれからずっと授業を休んでるだろ?」

「うん…」

「先生とイッシュが心配しないと思ってたのか?」

「…」


返す言葉が無くて黙り込む。

イッシュもカリーナ先生も優しい人達だ。

きっと、心配してくれてるだろう。


「それに、アレンがどれだけお前の部屋に来てるか分かってるか?」

「お兄様…何度か来てくれてた…」

「何度か?あれから毎日来てるぞ」

「え…嘘」

「それが把握できないほど、頭が働いてないんだ。お前、寝てないだろ?」

「え…」


言われるまで気付かなかった。

確かに、最近寝ていない気がする。


「鏡見てみろ」

そう言われて鏡を見ると、そこに映ってるのは酷い顔だった。

目の下のクマは酷く、たった数週間だけだと思うが少し痩せたかもしれない。

そして髪はボサボサ。


「あれ…そう言えば私…」

最後にお風呂に入ったのはいつだったかしら?

そう思って髪を触ると、サニーがわざとらしく嫌な顔をした。


「気付いたか?お前…臭うぞ?」


その言葉に一瞬思考が追い付かず固まってしまった。


「な…な!!」

自分の顔が赤くなるのが分かる。


「ルージュ。自分を大事にしてくれ。

みんな、お前が大事なんだ。

みんなが大事にしているお前を、お前も大事にしろ」


口調は荒いが、とても優しい言葉をサニーは伝えてくれる。


「サニー…」

「お前が元気になってさ、勉強しながらでもウルティを探す事は出来るだろ?

俺も手伝うし、アレンも…みんな手伝ってくれるよ」


その言葉にまた私は涙を流す。


「ほら、ハンカチ」

「ありがとう。サニー」


ひとしきり声を上げて泣いた後、私は吹っ切れた。

そうだ。めそめそしてても何も変わらない。

ウルティは心配だけど、私と同じ歳のウルティなら危険な事の区別ぐらいつくはず。

危険な事をしていない事を祈りながら、私は前を向くことを決意した。


そして、呼び鈴を鳴らす。

この呼び鈴は特別なもので、直接メイドに聞こえるようになっている。


鳴らしてからすぐに、扉をノックする音が響いた。

返事をすると、サーシャが息を切らしながら心配そうに入ってきた。


「お嬢様、お呼びでしょうか?」

「サーシャ!心配かけてごめんなさい。

もう大丈夫だから…」


そう笑顔で語り掛けると、言い終わらないうちにサーシャは私を抱きしめてきた。


「お、お嬢様ぁぁ!

本当に心配しましたぁぁ!」


サーシャとは一番仲が良く、私の事をよく抱きしめてくれる。

それでも、今日が一番嬉しく思った。


「ありがとう、サーシャ…」


そう言った後に、私はある事に気付く。


「サ、サーシャ!離れて!

私今、臭うと思うから!

まずはお風呂に入るから、用意してもらえる?」


そう言ってサーシャから離れると、サーシャは納得したように頷いた。


「そうですね!先にお風呂が良いと私も思います!

すぐに用意しますので、お着替えを選んでおいてくださいね!」


そう言ってサーシャは嵐のように私の部屋を去った。


「…臭いって事、否定されなかった」

「だから言ったろ?お前今、まじで臭いぞ」


サニーの笑い声だけが響く部屋で、私はまた落ち込むのだった。


***


「はぁ…」

仕えている家から飛び出して数週間、行く当てもなく路地裏で座り込んでいた。


「こんなはずじゃなかったんだ。ルージュ…一体どうして…」

そう呟いて、涙を拭う。


すると、誰かに声をかけられた。


「…ねぇ、何でこんな所にいるの?」

「…」

「無視すんなよ。おい」

「…うるさいな。構わないでください」


そう冷たく言うと、ソイツは黙り込んだ。

何かをブツブツと呟いている。

興味も無かったからまた自分の足に顔を伏せていた。

だが、確かに聞こえた。


「おかしいな…ホルダーの所にいるはずだろ…」


その言葉に大きく反応する。

「なんで、その事を知ってるんだ!?」

「あ、やべ。聞こえてた?」

「あなた、ホルダー家と何か繋がりでもあるんですか!?」

「ないよ、別に。それより…何?あんた捨てられたの?」


その言葉に一瞬返答に困ってしまう。

「違う…勝手に飛び出してきただけです」

「ふーん」

何故だか気まぐれに、ソイツに俺は今までの事を話した。


「なるほど…ねぇ、ルージュに復讐したいと思わない?」

「え…いや、だって。私が勝手にしたことですし…ルージュは悪くないし…」


驚いてそう言うと、ソイツは溜息をついた。


「違うでしょ?あんたがルージュを慕っていたのを、ルージュも気付いてたんだよ?

それなのに、わざわざそんな酷い事言うなんて…最悪じゃんか」

「そ、それは…」

「悪女って感じ?」

「そ、そんな!」


「良いんだよ、素直になって!

一緒に来てくれて望みを聞いてくれたら、復讐を手伝ってあげる!

どうする?言っとくけど、?」


その言葉に思わず、怒りの感情が沸き上がった。

そうだ。ルージュは私を裏切ったのだ。

つらかった執事の業務をこなしたのも、あの家に居続けたのも全部ルージュの為だったのに…!

気付けばソイツが差し出した右手を握りしめていた。


ソイツは不気味に笑った。

「ふふ…面白くなってきた。

これからよろしく、ウルティ」


名前を教えたっけ?と疑問に思ったが、もう全てどうでも良い。

この人は、きっと私を裏切らない。

この人と一緒にいれば良いんだ。

そうだ、これからは…ずっと、ずっと、この人についていこう。


私のルージュへの恋心は、この時完全に無くなった。

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