第64話

すると、ノックの音が部屋に響いた。


「失礼いたします」

そう言ってワゴンを押しながら入ってきたのは、ウルティだった。

先程とはまるで別人の、堂々とした姿だ。


「先程は、お見苦しい所を見せてしまい、大変失礼いたしました。

ラウルス様、ルージュお嬢様」


「ああ、構わないよ」

ウルティにそう笑顔で返事をするお父様。


「寛大なお心、感謝いたします。

また、テストという機会を設けてくれた事にも感謝申し上げます」


そう言ってウルティはワゴンにかかった布を取る。

ワゴンにはティーセットが置かれていた。


「執事たるもの、どのようなサポートも出来るようにと特訓してきました。

お嬢様のお召替えや身の回りのお世話は、やはりメイドのお仕事かとも思いますので…

執事として一番自信のある、お茶でテストを受けさせて頂ければと思います」


そう言ってお茶を淹れ始めるウルティ。

辺りに良い香りが漂った。


「おい…ルージュ、お前また流されるなよ?」

耳元でサニーの声が聞こえる。


私は2人にバレないように、コクリと頷いた。


「お待たせいたしました。

こちらのティーは隣国より手に入れた…」


ウルティが詳しい説明をしている。

このティーは私が一番好きな味だ。


ウルティをチラリと見やると、ニコリと笑った。

が、私は何だか気味の悪さを感じていた。

私がこのティーが好きだと、最初から分かっているような、そんな気がしたのだ。


「おや、これはルーが一番好きなお茶だね?」

「え、ええ。本当、偶然…」


お父様にもぎこちない笑顔で返すしかなくなる。


そして一口、お茶を口に運んだ。

「…おいしい」


淹れる人でお茶の味は変わるとよく言うけど、本当においしかった。

思わず呟いた私の言葉を、勿論ウルティは聞き逃さない。


「お褒めにあずかり、光栄です。

…では、恐れながらテストは合格という事でよろしいでしょうか?」


その言葉に私はハッとし、ブンブンと首を横に振る。


「あ、あのね。ウルティ…」

「昔のように、ウルと呼んでください。

もうすぐ正式にあなたの物になれるのですから、ルージュお嬢様」


食い気味でそう言われ、私は冷や汗を流す。

だが、このウルティの態度が気に食わなかった。


献身的と言えば聞こえは良いかもしれないが、これは依存だ。

先程カールも言っていたが、恐らくウルの心の弱さが原因なのだろう。


ゲームでのウルティも重い発言が多かったが、『一途』『硬派』なんてキャラ設定もあったし、ここまで黒い部分が見えていた訳では無いから怖いという気持ちは無かった。


でも、この目の前にいるウルティはどうだろう?

どうして、ここまで私の『物』になりたがるのか。

たった1年ぽっち、少し遊んだ事があるだけの私に依存しすぎではないのか。


そう考えるだけでも、充分に怖かった。

それに、エンディングでは私を毛嫌いしている。

という事は、ただ依存先を見つけたいだけなのだ。


私を慕ってくれているわけではない。

ただ私に依存して、他に依存先がみつかればすぐにそちらに乗り換える。

…例えば、主人公とか。


私は手に持っていたティーカップを、カシャンと音を立てて置いた。

相手に不快だと伝えるくらいの音を出したつもりが、静まり返る部屋には結構響く。


私はウルティを睨みつけながら言った。


「いいえ、ウルティ。

あなたはやっぱり不合格よ」


「なっ…どうして!?」

明らかに狼狽うろたえる、ウルティ。


「どうして?あなた、誰に向かって『ウルと呼べ』なんて言ってるの?

あなたをどう呼ぶかは、私が決めることなのよ」


「そ、それは、そういう意味では…!

い、いえ!失礼いたしました…!」

慌てて頭を下げるウルティ。


「謝って欲しいんじゃないの。

あのね、ウルティ。私とあなたは友達だった。それは確かよ。

でもね…私もあれから遊んでいた訳じゃないの。

貴族として学んできたの。

あなたはどうしても雇われている身で、私は雇っている身。

もう、友達には戻れないのよ」


私がそう言うと、ウルティは慌てて首を横に振った。


「勿論でございます!

そんな、私は友達になりたい訳では無く、ただ…」


「いいえ。あなたは何もわかってないわ。

私といても、きっとあなたの心は満たされないでしょうね」


「そんな事…!」

「もう良いわ。私はあなたを専属執事とは認めない。認められない」

「そ、そんな…」


ウルティは膝から崩れ落ち、この世の終わりかのように絶望の表情を浮かべながら泣き出した。

カールが駆けつけて、とりあえずウルティは回収されていった。


「本当に、よかったのかい?ルージュ?」

「…ええ。ウルティは危なっかしすぎる気がするもの。

それより、お父様?」


いくらなんでも、あれだけ不安定なウルティを私の執事にするというのもどうかと思う。

私が何を聞きたいのか分かったように、お父様は私の頭をポンポンと撫でてから話し始めた。

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