第63話
「何から話せば良いのか…」
と、戸惑いながらもカールは私に話してくれた。
8歳のあの頃。
私はウルティとよく遊んでいた。
そんな時、ウルティが執事の勉強をしなければならないと耳にする。
「あーあ。執事なんて嫌だよ。ずっとルージュと遊んでいたい」
「私だってずっと遊んでいたいわ。ウルもそうしたら良いじゃない」
「無理だよ。カールさんの言う事を聞かないと、この家から追い出されるかもしれないじゃないか」
「ふーん。なら、やるしかないって事じゃない」
「そうだけどさぁ~」
そう悪態をつくウルティに、私は…
本当に、何も考えずにこう言った。
「じゃあ、ウルが立派な執事になったら、私の執事になってよ!
そうしたらまた毎日遊べるでしょう?」
この何気ない子供の言葉が、あの頃のウルティの唯一の光だったらしい。
「え…いいの?」
「もちろん!私が良いって言うんだから、良いに決まってるでしょ!」
「じゃ、じゃあ…執事になるよ!
きっと、ルージュの執事にしてね?
もう、僕はルージュのものって事だよね?」
「うん!執事になれたらね!」
それから、ウルティは私の元へ来なくなった。
執事の勉強をするからという理由で。
最初こそ寂しかったが、私には遊び相手としてはお兄様もイッシュもオーウェンもいて、次第にウルティに会いたいという気持ちが薄れていった。
ウルティは、それでも私の執事になるという約束の為に1人頑張っていたらしい。
その話を聞いて、私は当時を思い出す。
そんな約束もした気はするが、あんまり覚えていない。
それほど、私にとっては大したことない一言だったのだ。
「ウルティは…親に捨てられた子でして。
しかも捨てられた時の、赤子の時の記憶がある子なのです」
カールはそれを苦しそうに言った。
「それが原因なのかは分かりませんが、
ですが、お嬢様と出会って少しだけ変わったのです。
そしてある日、お嬢様とお約束をされたからと心を入れ替えて、執事の訓練に真面目に励んでいたのですが…」
カールはそこまで言ってから、慌てて付け加えた。
「誤解が無いよう言っておきますが、私はそれをお嬢様のせいだとは思っていません!
そもそも、ウルティの心があまりにも
お嬢様に依存しすぎというか、執着しすぎというか…
正直、この4年間はあのような様子は見せずに真面目な子でした。
てっきり、性格も治ったものだと思っていたのですがね。
それに関しては一時的なもので…私の勘違いだったようです」
そう言って大きな溜息をついた。
その話を黙って聞いている様子を見ると、お父様は恐らくウルティがどんな子か知っていたのだろう。
考えていると、カールが綺麗な姿勢のまま私に質問してきた。
「お嬢様、1つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「え、ええ。何?」
「…ウルティの何がいけなかったのかを、よろしければお教え頂きたいのです」
「あ…」
私はウルティの様子を見ていない。
ただ名前を聞いただけで拒否したのだ。
それはとても、不自然だっただろう。
言い訳が思いつかず黙り込んでいると、カールは優しい口調で話を続けた。
「親バカと思われるかもしれませんが、私から見てもあの子の作法は完璧でございます。
執事としての態度や技能も勿論、それに加えてお嬢様への忠誠心は本物です。
一度、彼をテストしては貰えませんでしょうか?」
そう言って頭を下げるカール。
「テスト?」
「ええ。執事のテストでございます。
それを見て、執事としてまだまだだと、お嬢様に相応しくないと感じるのであれば拒否して頂いても構いません。
…いかがでしょうか?」
「…じゃあ、一度だけ。今のウルティがどうなったのか見させてもらうわ」
カールを見ていると、どうしても断る事は出来なかった。
表情を輝かせたカールがウルティを呼びに行っている間、サニーが呆れたように呟く。
「お前なぁ…」
「良いの!言わないで!分かってるから!」
また、『お人好し』だとか。
『心を鬼にして断るべきだ』とか言われるのだろう。
「ルージュがウルティを嫌がる理由を、サニーは知っているようだね?」
その様子を見ていたお父様が、何かを見透かすようにそう言う。
私とサニーは何故だか焦ってしまった。
「お、おう!まぁな!
俺には色々と話してくれてるからな、ルージュ!」
「ええ、そうね!」
「その理由は…パパは聞かない方が良いのかな?」
お父様はそう言って寂しそうに笑った。
「…ごめんなさい、お父様。
私、勿論ウルティの事が嫌いって訳じゃないの。
ううん。むしろ好きなほうよ?でも…」
そう言いかけると、お父様が何かを察知したように言った。
「なるほど。ルーは、ウルティと友達でなくなるのが嫌なんだね?」
「え?」
全く見当違いな事を言われたが、お父様が自信満々に言ってきた様子を見て私はニコリと笑顔を返す。
もう、そういう事にしておこう。
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