第62話

私はウルティの事を思い出して、眩暈がした。


「ルージュ!?大丈夫か!?」

すぐにサニーが声をかけてくれる。


「だ、大丈夫よ。サニー、お父様。心配しないで」

私はそう言って、目の前に置かれていたお茶を口にゆっくり運んだ。


お父様が専属『従者』と言って、私は勝手にメイドだと思っていたけど。

…お父様が言いたいのは、執事。

つまり、ウルティ=ダーツを私の執事にするという事だ。

ゲームの通りに。


「…コホン。心配させてしまってごめんなさい。

お父様、ウルティの事だけど」


「ああ…どうだい?」

私は深呼吸をした。


「その…ウルティを私の執事にするって事よね?」

「ああ、そうだ。ルージュも気心しれてるだろうし、その方が良いと思ってね」


本当に私の事を考えて決めてくれたのだろう。

ニコニコとしながらそう言った。

でも…私は。


「そ、その…やっぱり、専属でいてくれるのが男の子っていうのは、ちょっと…」

しどろもどろにそう言ったが、お父様は不思議そうな顔をした。


「そうかな?勿論今まで通り、身の回りの世話はメイドがやるが…

むしろ、男性の方が今後は色々と頼りやすいと、パパは思うんだけど」


確かにお父様の言う事は正しい。

いつもいてくれている人が女性と男性では、荷物を持たせたりする時ですら差が出るだろうし。


でも…ウルティと関わりを持つのは危険だ。

婚約も避ける事が出来たって言うのに、ここでウルティを執事に迎えてしまえば、主人公がウルティルートに進んだ時に私が死ぬかもしれない。


私が悩んでいると、サニーが何かに気付いたように私の顔を見てきた。

きっと、ウルティの名前が『ウ』から始まる事と、私の反応を見て大体察したのだろう。


「な、なぁ。それって、もうちょっと大人に任せた方が良いんじゃないか?」

サニーが頑張って助け船を出してくれる。


「そ、そうよ!お父様!

やっぱり、色々してもらうには大人の男性が必要だわ!

カールを付けて貰うわけにはいかないの?」


私は咄嗟に、執事のカールの名前を出す。

すると、お父様が困ったように笑った。


「う~ん。カールは私とママの専属でもあるし、執事長も任せてあるからなぁ…」


確かに、これ以上仕事を増やすわけにはいかない。

カールが倒れてしまう。


「そ、そうよね」

「そうだなぁ…ルーは、ウルティを執事にするのが嫌なんだね?」

「う…嫌というか、そうね。できれば、別の子が良いなぁと思うと言うか…」


私がゴニョゴニョと言い訳をしている時に、お父様が机に置いている電話からどこかにかけているようだった。


「お待たせいたしました」

すると、すぐに部屋に来たのはカールだった。


お父様が今までの私との会話を、カールに説明している。

その隙を見て、小鳥になっているサニーは私の耳元で囁いた。


「なぁ、ルージュ。ウルティって…?」

「はぁ…サニーが思ってる通りよ」

「やっぱり、そうか。できれば関わらない方が良いんだろ?」

「まぁね。もう8歳の頃に関わっちゃってるけど。

私専属の執事なんて、一番イヤだわ」


そう話していると、カールがお父様との話を終えて私に視線を向けた。


「ルージュお嬢様、お話伺いました。

ウルティは、私が引き取っている養子です。

私が一番指導をしている者ですので、お嬢様が心配なされるような事は無いかと思いますが…

やはり他の人が良いでしょうか?」


カールは優しく、私にそう聞いてくる。

私は申し訳なく思いながらも、ゆっくりと頷いた。


その瞬間。

部屋のドアがノックも無しに開けられる。


「なんで…なんでだよ、ルージュ!」

そこに目をやると、ウルティが涙を流しながら立っていた。


4年ぶりに見るウルティは、背も伸びていてカッコよくなっている。

灰色の髪に真っ黒な瞳。

成長を感じて感心していると、泣きながらウルティが私の元に駆け寄ってきた。


「ルージュ、約束したじゃないか!

大きくなったら専属執事にしてくれるって…

君の物になるのをずっと待ち望んでいたのに…!」


「こ、こら!!やめなさい、ウルティ!!」


驚いて私は声を出せない。

私の足元に縋りつくウルティを黙って見下ろすだけだった。


「だって!その為に執事の勉強をしたんだ!

この日の為に!カールさんだって分かってるはずだ!」


その言葉に、カールが少しだけたじろぐ。

その隙をついて、ウルティがカールの手を振りほどき部屋を飛び出した。


「ルージュの執事になれないなら、生きている意味が無い!

死んでやる。死んでやる!!!」

と、叫びながら。


私とサニーはポカンとして、お父様は頭を抱え、カールの顔は真っ青になっていた。

状況が呑み込めずお父様に目をやると、お父様は溜息を付いた。


「カール。ルージュに説明をお願い出来るかな?」

「は…はい」


カールは青ざめながら、お父様に進められて私の向かいのソファに腰を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る