第59話

「お父様?」

「ん?どうしたんだい?」


私はキッとお父様を睨みつけた。


(うわ…久しぶりにルージュの怖い顔見たぜ)

(うぅ…自分では見れないのよね。というか、サニー?あなた今私の肩じゃなくてお父様の手にいるけど…そこから動けないの?)

(いや、無理だな。やっぱり動けねぇわ)

(そっか…)


心の中でそんな会話をしていると、私が大きく溜息をついた。


「今さっき、私は誰とも婚約しないと言ったばかりですけど?」

「あ、ああ。そうだね、すまな…」

「いいえ、謝って済む問題ではありませんわ。今後一切、婚約の話なんて、出さないでくださいね。いくらお父様とは言え…イライラしますわ」


そう言ってまた鋭くお父様を睨みつける。


(いや、謝って済む問題だろ…)

(私は一体何にこんなに怒ってるのよ…)


心の中でサニーと溜息が重なる。


「ル、ルージュ…もしかして…」

お父様が何かに気付いたようだ。


(多分、気付いたな。お前がまたおかしくなってるって)

(そうね…これを子供の病気か何かと勘違いしてくれている間は助かるわ)


「何?何か文句でも?はぁ…気分が悪いです。自室に戻りますから」

そう冷たく言って立ち上がる私。


慌ててお父様が駆け寄ってきた。

「ルージュ!もしかして今…!」

そう言って私の腕を掴むが、私は無慈悲にも振り払う。


「やめてください!掴まないで!」


その衝撃でお父様がよろめいて後ろに下がる。

すると、テーブルに置いていたカップが落ちて割れてしまった。


「ふっ。ちょうどいいわ。…お父様、二度と婚約者の話なんてしないって誓ってください」

そう言って割れてない方のコップをわざわざ床に叩きつける私。

その破片を手に持ち、自分の首元に当てる。


(…本格的に意味が分からないぞ?)

サニーの声が心に響く。


(いや、それよりも私嫌な予感が…)

そう心で呟いた時に、私の後ろから声が聞こえた。


「ラウルス様!?どうなさいました!?もの凄い音がしましたが…申し訳ございません、失礼します!!」


そう聞こえたかと思うと、私の真後ろにあるドアが開いた。

――トンッ。


「…え?」


私は開いたドアに押されて、体が前のめりになってしまう。

そしてそのまま、自分が持っていたコップの破片が…。


ブスリ。と、のどに刺さった。


「ルージュ!?ルージュ!?!?」

お父様が慌てて駆け寄る。

目に一杯涙を溜めながら。


(ああ…この瞬間は、何度迎えても慣れないわ。

苦しい…つらい…痛い…早く…早く終わって…)


私はそう心の中で呟きながら、意識が無くなった。


「…ハッ!」

私が目を開けると、また選択死が見える光景だった。


「…はぁ。怖かった」

私がそう呟くと、サニーが私の手に手を重ねた。

サニーは何も言わない。


「いつもごめんね、サニー。死ぬ場面を何度も見せるだけじゃなくて、私の心の中の声…多分死に際が一番うるさいでしょ?」

私がそう言って笑うと、サニーはブンブンと首を横に振った。


「良いんだ。俺に気を遣って、声を我慢するような事はしないでくれ。俺は大丈夫だから…」

私はそれ以上、何も言えなかった。


「ありがとう、ごめんね。サニー」

そう言った後、また選択死に目を向けて私は震える。


「ど、どうした?ルージュ?」

「ま、待って…今ので死んだって事は…」


私はそう言いながら選択死を指さす。

サニーも気付いたようで、気まずそうに振り返った。


『A.オーウェンと婚約できないなら死ぬと泣き叫ぶ』

『B.イッシュと婚約したいとお父様に提案する』

『C.だれとも婚約しないと怒る』


「オーウェンかイッシュと婚約しないといけないって事…?」

「ま、待て待て落ち着け」

「オーウェンを避けたとしても…イッシュと婚約…」


私が絶望していると、サニーが私の頬をペチペチと叩いた。


「落ち着け!考えてみろ、イッシュはあくまで『提案する』だぞ?提案して断られたら終わりかもしれないだろ?な?」

「そ、そうよね…どっちにしろ泣き叫ぶよりも、提案するぐらいがマシよね…」


私は冷静に考えなおす。

Aは恐らく確実にオーウェンと婚約になるだろう。

そう考えると、Bがまだマシかもしれない。


「…よし!サニー、私Bを押すわ!」

「おう!どうなっても俺は味方だ!」


そう言って意を決してBを押した。


「お父様?」

「うん?どうしたんだい?」

「あの…」


私が言いかけた所で、部屋のドアが開いた。

入ってきたのは、見知らぬ犬だった。


(え!?何!?何!?)

どうやら、お父様の部屋は元々ちゃんと閉まっていなかったのだろう。

犬が無理矢理こじ開けて入ってきてしまったようだ。


「すみません、ラウルス様!アレン様と遊んでいたら僕の犬が…」

「私、イッシュと婚約は出来ないのかしら?」


(…)

(…最悪のタイミングね…)


どうやら犬は遊びに来ていたお兄様の友人が連れてきたらしい。

そのご友人が入ってくるのと同時に、私は最悪のタイミングでお父様に提案をしていた。


「え…えっと。も、申し訳ございませんでした。失礼します」

「あ…ああ。気を付けてね」

「は…はい」


何だか落ち込みながら、お兄様の友人は去っていった。

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