第50話

「“ルージュ”に“イッシュ”ねぇ…」


わざとらしくそう言うオーウェンに背筋が凍る。

お互いが呼び捨てにしているのが気になるのだろうか。


「2人とも、きちんと学んだと言うなら…お互いがそのように気さくに話すのはどうかと思うけど?」

「そ、それは…」

「お!お言葉ですが!」


私はイッシュの言葉を思わず遮ってしまった。


「私とイッシュは互いに、友人関係を続ける事。身分に関係なく今までと同様の呼び方や話し方で接していくと許しました。特に、問題は無いかと存じます」


何を怒っているのかは分からないが、これ以上イッシュだけに負い目を感じさせてはいけない。


「そうなんだ」

「「はい」」


オーウェンは少しだけ考える素振りを見せたが、すぐにパッと笑顔になった。


「うん。むしろ、私からもお願いしたい。今後も今まで通り仲良くして欲しい。ルージュもイッシュも、今まで通りの話し方と…私の事も今まで通りオーウェンと呼んでくれるだろうか」


その言葉に、私とイッシュは顔を見合わせ思わず手を合わせた。


「良かった~!!」

「緊張したぜー!」


その様子を見たオーウェンは、私達の手を上から握ってそっと私とイッシュの手を離した。


「こういう場で、簡単にそうやってくっつくのは良くないな」

笑顔でそう言っているが、何だか怒っているようだった。


正直、まだ10歳の子供にここまで求めるのかと思ったがオーウェンが怒っているのを見ると…きっと貴族では当たり前なのだろうと思う。


「ご、ごめんなさい…」

「…」

イッシュは何か言いたげに、呆れたようにオーウェンを見ている。


「イッシュ?」

「いや…何でもないよ。ルージュ」

「ところでさ」


オーウェンがニコニコとしながらまた聞いた。


「何だか前よりも、2人が仲良くなったような気がするけど?何かあったのかな?」

「ああ、それは…」

「そうだな!なんたって、俺達は今同じ先生から勉強を教わってるからな!」


私が説明しようとするのをイッシュがわざとらしく遮る。


「一緒に?」

「そうだぞ!週に3日はルージュと一緒って事だ」


何故か勝ち誇ったようにそう言うイッシュを不思議に思って見ていたが、オーウェンが悔しそうにしているのを見てハッとした。

思わずオーウェンに駆け寄る。


「ごめんなさい!オーウェンも本当は皆で一緒に勉強がしたいのよね…?でもオーウェンは王族だし、流石に私達と一緒に授業を受ける事なんて出来ないし…だから、羨ましかったんでしょう?気付かずに私達ったら…」

私がそう言うと、イッシュとオーウェンは笑った。


「え?な、何よ、2人とも!」

「はは…いや。その通りだよ、ルージュ。私は羨ましかったんだ。一緒に授業を受けてみたいと思ったからね…君と」

「?…あぁ!そういう事ね!」


私がそう言うと、イッシュとオーウェンが驚いた顔をした。

私がオーウェンの気持ちを理解する事がそんなに驚く事だろうか?


でも私には同じような経験があるのだ。

そう。イッシュも私と授業を受けたがった。

私のこの変わりようを見て、カリーナ先生に興味を持っての事だった。


そう考えていると、視界にカリーナ先生が入った。

「あ!丁度いい所に!カリーナ先生!」

「あ!本当だ!先生ー!」


私とイッシュが呼びかけると、先生は笑顔になった後オーウェンの姿を捉えて一瞬緊張したような顔つきになった。


「まずは、王子に挨拶を申し上げますわ。…ルージュ様、ご紹介をお願いしても?」


誰かが呼び止めた時は、その人が上の者に紹介しなくてはならない。

これもまた、面倒な貴族のマナーだ。


「は、はい!オーウェン。こちら、私とイッシュの家庭教師をしている、カリーナ=ドリス先生ですわ。…先程、私達の授業内容が気になっていたようだから、紹介したくて呼び止めたの」

「…?」


イマイチ理解していない様子のオーウェンに続けた。


「私達と授業を受けたいって…私とイッシュの変わりようを見て思ったんだよね?」

「え、あ、えっと…ああ、そうだな!そうだよ!」


珍しく慌てるオーウェンを見ておかしいと思いながらも、先生との出会いやどんな事を習ったかなど大まかに伝えた。


「では、ルージュとイッシュがこれだけ変わったのも、カリーナさんのおかげという事ですね」

オーウェンがそう言うと、先生は綺麗にペコリとお辞儀をした。


「嬉しいお言葉、ありがとうございます王子。ですが、お2人が変わられたというのは、やはりお2人の実力ですわ。私は少し手助けをしただけですもの」


私とイッシュはその言葉を聞いて、思わず先生に抱き着きそうになった。


「そうか。やはりあなたは、とても良い教師なのですね」

「そんな…ありがとうございます」

「本来なら、私もあなたに教わりたいぐらいですよ」

「…!?」


オーウェンのその言葉にカリーナ先生はあからさまに動揺した。


「いや、安心してください。流石に王子である私は決められた教師がいるので…無茶なお願いはいたしません」

「…恐れ入りますわ」


王族相手でも先生は綺麗な返事をするものだと私は感心していた。

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