第46話

先生は勿論、意地悪で怒っている訳ではない。

他の貴族に聞かれでもしたら、ホルダー家の娘はマナーがなっていないと。

私だけではなく、お父様やお母様、お兄様にまで迷惑がかかる。


「私の配慮が足りませんでしたわ。申し訳ありません」

そう言ってお辞儀をすると、先生は優しく私の頭を撫でた。


「今はまだ子供だからと、多めに見て頂けるでしょう。ですが、一度の過ちのせいでこの社会に居づらくなった貴族の方々を私は見てきました。ルージュ様にはそうなって欲しくないのです。厳しい事を言うようですが…分かって頂けますね?」


少し寂しそうに笑う先生を見て、私は更に申し訳なくなった。


「勿論です!たくさん教えて貰っているのに、ごめんなさい」

「良いんですよ。それに…」

先生は言いかけて、しゃがみこみ私の目線に合わせてくれた。


「話が聞こえてしまいましたが、イッシュ様に王子様の誤解を解きたいと思って伝えた事だったのですよね?」

「…はい」

「それは、誇るべきです。身分など関係なく、友人の仲を取り持とうと思っての事なのですから」

「…はい!」


先生はやっぱり、怒った後にフォローも入れてくれて優しい。

私が感動していると、今度はイッシュに向かい合った。


「だからと言って、イッシュ様のお考えが悪いとは私は思いませんわ」

「…そうでしょうか」


イッシュは少しだけ落ち込んでいる様子だった。

「ええ、勿論。私が教えた事をしっかりと学んで、身分差について理解しているという事ですもの。こんなに嬉しい事はありませんのよ?」


優しく笑う先生に、イッシュも嬉しそうな照れたような表情を浮かべた。


「ですので、次回王子様にお会いになる事があれば、態度を改める事。それから、今後も友人関係として仲良くして頂けるかの確認をお伝えすると良いでしょう」


先生のその言葉に、私とイッシュは顔を見合わせて笑った。


***


そんな話からさらに数か月後、あっという間にイッシュの誕生日はやってきた。

私は緊張でガチガチになっていたが、入場してからイッシュを見かけホッとする。


今日の主役のイッシュには入場してから一度挨拶をするのが決まりとなっている為、私も、家族で長い列に並んだ。


「お、何だかんだサマになってるじゃないか。アイツ」

私の耳元でヒソヒソと声がする。

サニーだ。

私もヒソヒソ声で返事をする。


「そうね、すごく大人っぽくなったよね。イッシュ」

「まぁな。人間の成長は早いってよく聞くけど…大人になるのってこんなに早いんだな」


意地悪ではなく、本心でそう言ってるようなサニーの言い方に笑ってしまう。


「な、なんだよ!笑うなよ!」

「だってサニーがおかしいんだもの。私たちはまだ子供よ?」

「え、そうなのか?人間って難しいんだな」


驚いたようにそう言った時、サニーの羽毛が私の首をかすめた。


「ちょ、ちょっとサニー!気を付けてよね!私の髪から見えない位置にいてよ!」

「わ、わかってるよ!」


そう言って少しだけ後ろによる感触がした。

姿を見て話せないのは寂しいが、パーティに小鳥を連れている変な子だとは思われたくない。

そんな私とサニーのやり取りを見て、家族全員がソワソワと私を見ていた。


「みんな、大丈夫よ!」

そう言って私が笑うと、あからさまにホッとする。


「サニー、気を付けて。ルージュが独り言を言ってる変な子になっちゃうから。なるべく人目が無い所で話すんだよ」


そうお兄様が私の肩に向かって囁く。


「う…悪い。気を付ける」

サニーのバツが悪そうな声が耳元で聞こえた。


「あら。お兄様もそんな風に話してたら不自然じゃなくって?」

私がわざと意地悪く言うと、お兄様はニコリと笑って私の頭を撫でた。


「僕はルージュに囁いてるように見えるから、良いの」

「そんなものかしら?」


そんな話をしていると、いつの間にか私達の順番が回ってくる。


「イッシュ君。本日はお招きいただきありがとうございます。家族を代表して、私ラウルス=ホルダーがご挨拶申し上げます」

お父様のその挨拶と共に、みんな綺麗にお辞儀をする。


イッシュはそれを見届けて、私達が顔を上げるのを確認してからお辞儀をした。

「こちらこそ、足を運んでくださり感謝申し上げます。ホルダー家の皆様。本日は私の誕生会ではありますが、どうか気楽にパーティを楽しんでください」


イッシュのその完璧なお辞儀の角度、言葉遣いに私達は見惚れる。


「…どう?俺もなかなか様になってますよね?ラウルス様」

顔を上げた後はいつもの調子で笑う。


「おや。もう『おじさん』とは呼んでくれないのかい?」

そう意地悪でいうお父様に、イッシュは首を横にブンブンと振った。


「あの時は、すみませんでした!今更そんな事言ったら俺…先生に怒られる…」


どんどん青ざめるイッシュを見て、他人事じゃない私はウンウンと頷くのだった。

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