第45話
あれから数か月が経過した。
あの後の授業から、当たり前のようにイッシュがいた時は不安だったが、イッシュが本気で授業に取り組んでいる姿を見て私も安心した。
最初は生意気な態度が抜けなかったイッシュだったが、カリーナ先生は正式な生徒となったイッシュには厳しく指導し、どんどん見違えるようになっていったのだ。
「あ!ルージュ!」
「あら、イッシュ。授業までまだ時間があるのに…もう来たの?」
今日も授業があり、イッシュが家に来る日だった。
「うん。ルージュ忙しい?授業が始まるまで、時間ある?」
今までのイッシュなら絶対確認しなかった事を聞かれて、何だか感動してしまう。
私がそう噛みしめていると、イッシュが不思議そうに顔を覗き込んできた。
「ルージュ?聞いてる?やっぱり忙しい?」
「あ、ううん!大丈夫!私も授業が始まるまでは前回の復習しようか迷ってた所だったの」
「そっか。じゃあ俺も復習しておきたいから、お茶しながら一緒にやろう」
「うん!」
一緒に雑談も交えながら復習する。
「そういえば、ルージュ。俺の誕生会…来るよな?」
「え?」
その言葉に私は驚いた。
そうか、もうそんな時期なのか。
イッシュの誕生日は私の誕生日の少し前だ。
昨年は…イッシュの誕生日も、私の誕生日も好き勝手したからなぁ…。
あの頃の自分を思い出すと恥ずかしくなる。
「勿論、行くわ。昨年失礼な態度を取ってしまった方達に改めて挨拶しなくちゃ」
「う…それを言われると、俺もそうだな…」
そう。イッシュも私と同じでマナー知らずな子供だったのだ。
イッシュはまだ男の子だから、そこまでの非難は無かったが、女の私は更にいやな目で見られていたはずだ。
「「はぁ…」」
私は顔を見合わせて溜息を付く。
「でも、私達もあの時より少しはマシになったじゃない?」
「まぁな…貴族らしく?は出来るようになったつもりだけど…」
それでも不安な気持ちは同じだ。
私はイッシュの両手を握った。
「大丈夫よイッシュ!私がいるじゃない!一緒に変わった所を見て貰いましょう!ね?」
そう言うと、イッシュは顔を赤くして少し照れたように笑った。
「ありがとう、ルージュ!ルージュの誕生会だって、俺がいるからな!」
「ふふ。ありがとう、イッシュ」
すると、イッシュがふと不安そうに言った。
「あのさ、ルージュ。オーウェン…王子の事、どう思う?」
「どうって?」
「いや、俺達って今まですごく…ほら、王子相手に…な?」
「う…そうよね。ものすごーーーく、失礼な態度を取っていたわよね?」
協調して言うと、イッシュはうなだれた。
「ちゃんと勉強するようになって思ったんだよ。オーウェンと友達でいられるのかな…って」
「あぁ…」
この国の貴族制度についても勉強して分かった事は、自分達『三大貴族』は人々から敬われる存在である事。
だが、王族はもっと別だ。
三大貴族よりも数倍、数十倍権力があると思えと先生にも教えられた。
「オーウェン王子が今まで俺達と仲良くしてくれたのも、三大貴族だったからかな?って思うんだよ」
「それは違うわよ!」
イッシュの寂しそうな顔に、私は思わず声を荒げた。
「ルージュ?」
「だって…私のお兄様と同じ歳なのに、お兄様よりも私達と遊んでくれたじゃない?それはオーウェンの意志だったと思うし…何て言うか、オーウェンはきっとそんな人じゃないわ!」
そう私が言うと、イッシュはポカンと口をあけていた。
「イッシュだって、オーウェンがそんな人じゃないって分かってるでしょう?」
「あ、ああ。そうだな。少し不安で…ありがとう、ルージュ」
そう微笑むイッシュ。
私は何だか得意げになっていた。
だが、イッシュは言いづらそうな、可哀そうな人を見る目のような、何とも言えない表情をしていた。
「でもさ、ルージュ…」
「ん?どうしたの?」
「本人がいないとは言え、呼び捨てはダメだと思うぞ?誰かに聞かれてたら…ほら。先生とかにな?」
そう言ってイッシュが目配せをした先は私の部屋の入口。
そこにはカリーナ先生が立っていた。
「…あ」
「ルージュ様?」
手には教材を持っている。
授業前に必要な物を直接渡しにきたのだろうか?
顔は笑っているが、絶対に怒っている。
「ご、ごめんなさい~!!」
「誰がどこで聞いてるかわからないんですから、見られていない時も意識して振舞うようにいつも言ってますわよね?」
「は、はいぃぃ」
「ルージュ様には伝わっていなかったのかしら?」
「い、いえ!!先生の言葉はいつも身に染みて…」
「あら?身に染みてなかったようですが?」
「う…」
私は何も言い返せなくなり、黙り込んでしまう。
すると、先生が呆れたよう溜息を付いた。
「もう、仕方がないですね。イッシュ様とお話しした流れでうっかり、という事ですわね?」
「はい、その通りです」
「でも、ルージュ様。今聞いていたのが私だったから良かったですが、来客の方がたまたま耳にしていたらどうなるか、考えてみてください」
「う…」
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