第37話
「イッシュ様は、三大貴族でいらっしゃいますわね?」
「ああ!そうだぞ!」
堂々と答えるイッシュに、私は少し自分が情けなくなった。
私はつい半年前まで三大貴族という言葉すら知らなかったのだ。
「基本的に自分より身分の低い者には、言葉や態度を特別改める必要もありません。ですが、自分と同等かそれ以上の身分の方には言葉遣いを改める必要があります」
「ふーん」
先生の言葉を、少し面白くなさそうにイッシュは聞いている。
「三大貴族は、王族の次に偉い貴族とされています。ですから、ルージュ様は同じ三大貴族と王族には敬語を使わねばなりませんし、お名前も呼び捨てではいけません」
「え?じゃあ、俺もルージュに敬語じゃないとダメって事?」
その質問を聞いて、カリーナ先生はニヤリと笑った。
「基本的にはそうですが、例外もございます」
「例外!?」
「はい。お互いに、呼び捨てで呼んでいいと許可を貰う事。言葉遣いも改める必要が無いとお互いに許可し合う事です」
「…!じゃあ!」
その言葉を聞いて、イッシュは目をキラキラと輝かせた。
カリーナ先生はそれを見てニコニコと笑う。
やっぱり先生は子供たちに物を教えるのが好きみたい。
「では、ルージュ様」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれて焦る私。
先生は相変わらずニコニコしながら言った。
「これまでのチェックも兼ねましょう。ルージュ様から、イッシュ様にその提案をしていただけますか?」
「え…」
まるでテストのようだ。
相手はイッシュだけど、少し緊張した。
「…はぁ、分かりましたわ」
そう言った後、私はイッシュの正面に立ち直し、ドレスの裾を持ち上げてお辞儀をした。
「イッシュ様。これまでは幼かった為、無礼な言動をしておりました事、お許しくださいませ」
「えっ!?いや、そんな…」
慌てているイッシュに、私は姿勢を正してから続けた。
「今後も今までと同様に仲良くして頂けるのであれば、お名前も言動も今まで通りにする事をお許し頂けますでしょうか?」
不安そうにするイッシュにニコリと笑いかけながらそう聞くと、イッシュは少し固まった後すぐに笑顔になった。
「あ、ああ!俺も、それが良い…です…コホン。えっと、カリーナ先生?」
イッシュは何だか歯切れが悪く、先生とコソコソと話している。
疑問に思ったが、イッシュの次の行動を待つことにした。
すると、先生から何かを言われ大きく頷いたイッシュ。
そして…綺麗な姿勢でお辞儀をする。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ルージュ様。俺…いや、私達は今後も良い友人として接していけるでしょう。今後もルージュと呼ばせていただきます」
そう言ったイッシュはまるで別人のようで、あまりの変わりっぷりに私は目をパチクリさせた。
「ど、どうだ?決まってたか?」
そう言って照れたように笑うイッシュ。
カリーナ先生は満足そうに頷いている。
「…ぷっ。あははは!」
私は思わず笑ってしまった。
私が貴族らしくなる事に焦ってたみたいだけど、自分も貴族らしく…という自覚が生まれたらしい。
そう考えると、何だかおかしくなってしまった。
「な、何だよ!変だったか!?」
「違うわよ!おかしくて…イッシュの見栄っ張り!」
「良いだろ別に!俺の目標はたった今から、ルージュといて恥ずかしくない男だ!」
イッシュは平然とそう言ってのけた。
そんなイッシュを見て私は考えを改める。
私は少し、怖がりすぎていたのかもしれない。
イッシュはやっぱり、今まで一緒に遊んできた私が知っているイッシュだ。
攻略対象者と言ってもお兄様と同じだ。
いつも私を大事にしてくれる、ゲームのキャラなんかじゃない。
「…ありがとう、イッシュ。私も、イッシュといて恥ずかしくないレディになるわね」
私がそう言って笑うと、イッシュは顔を少し赤らめた後満足そうに頷いた。
「ああ!俺だって負けないからな!」
何だか幸せな時間だな。
そう思いながらイッシュを見つめていたが、目の前に突然文字が浮かんだ。
私がそれを視界に入れたと同時に窓からもの凄いスピードで何かが入ってきた。
「ルージュ!この感覚、呪いか!?」
聞き覚えのある声に思わず反応する。
「え…サニー?」
「良かった、間に合ったな」
「サニー、どうして…」
「戻ってる途中で嫌な感覚がしたから、急いで窓から入ったんだ。多分だけど、呪いが発動したその時に近くにいないと、俺はこの空間に入れないらしい」
「え!?」
「見てろ」
私の理解が追い付く前に、サニーが窓に向かって飛んで行った。
…が、窓からは出られないようで、窓は空いてるはずなのにサニーは外に出られないでいる。
何だか、パントマイムを見ているようだ。
「パントマイム?」
思わず口に出てしまった。
「ちげぇよ!見えない壁があるんだよ!!触れば分かる…って、お前はそこから動けないのか」
「そうね。上半身は動くけど…相変わらず足が動かないわ」
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