第36話

「なぁ、ルージュ」

「何でしょうか?」

先生の元へと向かいながら、イッシュは聞いてきた。


「その敬語と『イッシュ様』って言うの、何なの?」

「え、何なのって…」

私は授業でこれが当たり前だと知っていたが、イッシュはきっと知らないのか。


「それも、カリーナ先生に聞いてみるのはいかがでしょう?」

「…じゃあ、そうするかな」


そう話しながら歩いていると、すぐにカリーナ先生の元に辿り着いた。

ノックをしてから中へ入る。


「失礼いたします。イッシュ様をお連れいたしました」

そう言って私がお辞儀をするが、イッシュは何も言わずに席に座った。


(いやいやいや!まずはあんたから挨拶でしょ!?)

と、心の中で突っ込んではみたが、私だって最近までマナーの知らない子供だったのだ。


それを見てもカリーナ先生は嫌な顔ひとつせず、イッシュの前で挨拶をした。

イッシュはカリーナ先生の自己紹介を聞いても自分の事は話そうとしない。


「イ、イッシュ様?挨拶をされてはいかがでしょう?」

怒りを抑えて顔を引きつらせながら私がそう言っても、イッシュは無視しておもむろにカリーナ先生に質問した。


「なぁ、ルージュが変わったのって、先生のせいなのか?」

その言葉に先生はきょとんとしていたが、私の怒りは抑えられなかった。


「イッシュ様。先生を侮辱したいだけならお帰り願えますか?」

「え?」

一応笑顔で伝えたが、イッシュは私が怒ってるのを感じ取ったらしく戸惑っていた。


「授業を受ける気がないのなら、お帰りくださいと言ったんです。私は、先生ので変われました。分かりますか?先生のという事はあっても、先生のだなんて言い方される事は一切ありませんわ」

そんな風に怒る私を止めたのは、意外にも先生だった。


「ルージュ様、落ち着いてくださいませ。私は大丈夫ですよ。きっとお友達が変わっていく事が寂しかったのでしょう。ね?イッシュ様?」

「それは、あり得ませんわ先生!きっと私を馬鹿にしたいだけだったの…で…」

そう言いながらイッシュを見ると、顔を赤くしている。


「え?図星なの?」

「ルージュ様、言葉遣い」

すかさず先生に指摘される。

イッシュは少し恥ずかしそうに、コクリと頷いた。


「だって、オーウェンもちゃんとしてて、ルージュまでちゃんとしてたら…誰が俺と遊んでくれるんだよ。アレンは元々俺と遊んでくれないし」

何だその理由、子供か!

と一瞬考えたが、10歳はまだまだ子供なのだ。

私が先に大人になる準備を進めたせいで、イッシュには寂しい想いをさせてしまったのかもしれない。


「イッシュ様。お友達が変わるという事は戸惑う事でしょう。でも、それはルージュ様が素敵なレディを目指している証拠なのです」

「素敵な…レディ?」

イッシュが私をチラリと見た。


「そうです。イッシュ様も、お友達が素敵なレディだと嬉しいと思いませんか?」

「ま、まぁ」

イッシュは私に視線を向けた後、顔を赤くした。


「ではここで質問です。素敵なレディの隣に立つお友達は、一体どんな人がいいと思いますか?」

「え、そりゃあ…友達も同じように、素敵な人?」

「正解です!では、イッシュ様。これからもルージュ様と仲良くして頂けますか?」

そう優しく微笑むカリーナ先生を見て、イッシュは先生が言いたい事に気付いたようだった。


「なる!俺はルージュに相応しい男になる!素敵な人に、紳士になるよ!」

「え、ちょ、ちょっと!」

私に相応しい男って…その言い方はまるで…!


少しだけイッシュを意識してしまい顔を赤くしたが、すぐに思い直す。

いや、考えすぎだ。イッシュがそんなロマンチックな事言うはずない。

それに、いつかは主人公と恋に落ちるはず。


私は考えを払拭するようにブンブンと首を横に振り、深呼吸した。

そしてその様子を、カリーナ先生は微笑ましく見守っているのだった。


「あ、そうだ!えっと…カリーナ…先生!」

イッシュは少し言いづらそうに、カリーナ先生の名前を呼んだ。


「はい、イッシュ様。どうしましたか?」

名前を呼ばれて、少し嬉しそうに微笑みながらカリーナ先生は返事をする。


「ルージュが前とは違って、俺をイッシュ『様』って呼ぶんだ。それに、言葉遣いも何だか他人行儀で…ルージュは先生に聞いてみたら良いって」


私よりかはマシだと思っていても、やっぱりイッシュもあまりちゃんと教育を受けていないのだろう。

そのことをカリーナ先生も気付いたはずだが、表情には一切出さずに優しくイッシュに質問する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る