第35話

「な、何だよルージュ…まるで別人じゃねぇか」

イッシュは汚い物を見るかのように引いた目でこちらを見ている。


「私、改心いたしましたの。今後はホルダー家に恥じないよう、生きていくつもりですわ」

そう言うと、今度はまじまじと私を見ている。


「オーウェンが言ってた事、本当だったのか…」

そう呟いたのを、私は聞き逃さなかった。

「オーウェン!?私の事を何か言ってたの!?」

この前の手紙…返事が無い事がマナーだとしても、やはり反応は気になるものだ。

私のエンディングがかかっているのだから!


「な、何だよ急に」

私の勢いに押されて、イッシュは戸惑った様子だった。

「あ、失礼いたしました。オーウェン王子に送った謝罪の手紙に、少々不安があったものでして」

落ち着きを取り戻してそう言うと、イッシュは面白くなさそうな態度を取った。


「別に良いけど。ただ、手紙を見てお前が変わったんじゃないかって言ってたんだ。俺はありえないって言ったんだけど。やっぱり気になったから見に来たんだ」

「そうでしたの…オーウェン王子が…それは本当に良かったですわ」

ホッとしてそう言うと、イッシュはまた面白くなさそうに言った。

「何だよ、いつもオーウェンばっかり…」


完全に拗ねている。私、何かしたかしら?

そう考えてルージュはサッと青くなった。

オーウェンはゲームではルージュの婚約者だったし、最も警戒して謝罪の手紙を送った。

でも、イッシュには何もしていなかったのだ。

確かにイッシュにも無礼な振る舞いをしていた。

次に会う時にでも謝ろう、なんて思ってたけど…


そうだ、イッシュだって攻略の対象者だ!

それでなくても、いつも幼馴染同士で遊んでいたのにイッシュにだけ手紙を送らず謝罪もしないのは完全に私が悪い。


「ご、ごめんなさい。イッシュ様にも手紙を送るべきでしたわね。無礼な振る舞いばかりだった事、お許しください」

そう言って謝ると、イッシュの目が輝く。

「俺にも手紙をくれるのか!?」


イッシュの輝く瞳にルージュは少し罪悪感が芽生えた。

「あの、謝罪の手紙ですが…」

「謝罪は良いって!謝罪の手紙には返事を返さないんだろ?」


私は少し驚く。

手紙のマナーなんて、意外にもイッシュは少しばかりの常識はあるらしい。

少なくとも、私よりは。


「だからさ、普通に手紙の交換しようぜ!ルージュが書いてくれたら、俺が返事を書くよ!そしたらまたルージュが返事を書いて、俺がその返事を書いて…」

「え、えっと。文通をしようって事ですか?」

私がそう聞くと笑顔で頷いた。

根は面倒臭がりだった為少しためらったかが、今までの無礼を考えて私は文通を了承した。


その時、部屋にノックの音が響いた。

来てくれたのはサーシャで、もう先生が到着したとの事。


「それでは、私はこれから授業がありますので…」

そう言ってイッシュを追い出そうとしたが、何かを考えこんだ後、思いついたように言った。

「なぁ!俺もお前の授業、参加したい!」

「は、はぁ!?何で!?自分の家庭教師から学べばいいでしょ!?」

思わず私がタメ口になると、イッシュは面白くなさそうに言った。


「だって…俺の所のは、やたら厳しいだけで授業内容も面白く無いしな~。ルージュがこんだけ楽しそうに授業を受けるんだから、俺だって興味がある!」

私は溜息をついて頭を押さえた。

本来であれば追い出す所だが、イッシュは三大貴族だ。

これで追い出せばもしかするとカリーナ先生が『三大貴族に立てついた』みたいな噂が回るかもしれない。


「ちょっと待ってて。先生に聞いてくるわ」

「やった!」

そう言って私は自分の足で先生の元へと向かった。


「カリーナ先生、ごきげんよう」

そう言ってドレスの裾をつまみ上げる。

「はい、ごきげんよう。ルージュ様は日に日に優雅さが増しますわね」

そう言ってニコニコしているカリーナ先生に申し訳ない気持ちになる。


「あの、先生…」

「どうしました?」

私はイッシュの事を伝えた。

カリーナ先生にとってもきっと負担だろうと思い、申し訳なく思っていたが意外にもあっさりOKを貰えた。


「ただし、私はあくまでホルダー家に雇われており、この知識も授業もルージュ様の為に行うという契約にございます。…ですので、本日は簡単な授業のみといたしましょう」

「先生…!分かりました、それで問題はありません!」

先生に感謝し、私は自分の部屋に戻った。


「イッシュ様、先生から許可を頂きましたのでご一緒に参りましょうか」

そう言うとイッシュはパァっと顔を明るくするのだった。

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