第31話

「ま、待って…!」

先程のメイドの後ろ姿が見えて、私は呼び止めた。


「え?お、お嬢様!?」

メイドは驚いたと思ったら、すぐに慌てた様子で言った。

「お嬢様、ドレスでそんなに走っては危ないです!すそを踏んで転びでもしたら…」


「な、何で私の心配なんか…」

そう言って私はまた泣き出してしまった。

「お嬢様!?どうされましたか!?」

メイドは慌てて、ハンカチで私の涙を拭った。


「ご、ごめんな、さいっ。本当にっ、ごめんなさいぃ」

私はわんわんと泣き出したが、メイドは優しく私を抱きしめてくれた。


「お嬢様、不敬をお許しください。…大丈夫です。私は大丈夫ですよ。とても怖かったでしょう?心配しないでも、ほら!私は元気ですから!って、いたたた」

私にとびきりの笑顔を向けたが、頬が痛むのかすぐに顔をしかめた。


「うえぇ!?大丈夫なの!?」

私が泣きながら訴えると、また優しく微笑んでくれる。


「お嬢様。失礼ながら、私共はラウルス様よりお嬢様の状態について聞き及んでいます。その…人格が変わったようになってしまう事がある、と」

私はポカンとした。

そう言えば、お父様が全員に言ったって話してたわ。


「なので、私共は理解しています。心配せずとも、大丈夫ですよ」

「で、でも…!こんな、顔に怪我までさせて…痛むでしょう?」

そっと頬を触ると、またメイドはニコリと笑う。


「そりゃあ、正直に申し上げますと痛いです」

「や、やっぱり!ごめんなさい…」

私がそう言うと、慌てたように首を横に振った。


「お嬢様、もう謝罪のお言葉は十分に頂きました!それに、私の傷は暫くしたら治るでしょう。私は、お嬢様の心が傷付いてないか心配なのです」

そう言ってまた優しく微笑む。


「何で、そんなに優しいの…っ!何で、そんなに…私なんかに…」

ルージュが泣き出すと、メイドは少し呆れたように笑った。


「だって、私共は皆ルージュ様が大好きですから」

そう言ったメイドを見てルージュは唖然とした。


まだ前世の記憶を取り戻す前は、あんなに笑われていた。

メイドにも馬鹿にされていたと記憶していたけど…。

それがどうして、こんなに好いてくれているのだろう。


そう考えた所で、メイドの頬を見てハッとした。


「それよりも!早く手当しなきゃ!お医者様を呼びましょう!」

私のその言葉にまたメイドは首を横にブンブンと振った。

「おおおお医者様なんてそんな!こんなのは自分で傷薬を塗っておけば治ります!」

確かにこの世界ではお医者様が少なく、呼ぶのにも多少お金がかかる為貴族以外が呼ぶことはあまり無い。


「でも、ダメよ!これは私が怪我させたんですもの!命令よ!応接室で待機していて!」

そう言って私はお父様の元へと走り出した。


その後は、お父様に事情を説明してお医者様を呼んでもらいメイドの治療と薬を出してもらった。

お父様もメイドに頭を下げて、メイドはまた顔を青くしながら首を横にブンブンと振る。


「サーシャ、これは父親として謝らなければいけない事なんだ。本当にすまなかった」

「と、とんでもありません!お顔を上げてください!むしろ、お嬢様にお怪我が無くて良かったと喜ぶべきです!」


そんなやり取りをしているのを見て、私は初めてこのメイドの名前が『サーシャ』なのだと理解した。

今までメイドの名前なんて気にしたことが無かった。

私はどこかで、この人たちは家に仕えているが当たり前だと思っていたのだ。


(恥ずかしい…いつも助けてくれる人達の名前を憶えていないなんて…人として恥ずかしいわ)

私は今後、使用人達全員の名前を覚えようと心に決めた。


そしてサーシャをじっと見ると、ある事に気付いた。

(この顔…前に部屋を追い出したメイドだわ)

ルージュの担当なのだろうか?

よく顔を見ていたはずなのに、覚えようとしていなかったから気付かなかった。


「あの…本当にごめんなさい。サーシャ」

改めて謝るが、首を横に振りすぎたのか、サーシャは頭をフラフラとさせている。


「も、もうやめてください。お嬢様も旦那様も…私の寿命が縮みます」

その様子にお父様が少し笑った。

「そうだね。気を遣わせすぎても良くない。ルージュ、行こうか」

「は、はい!あの…サーシャ!」

「?なんでしょう?」


私は少しだけ緊張しながら聞いた。

「また、私の部屋に荷物を運んだり、私を呼びに来たり…その、私の部屋に来る?」

そう聞くと、サーシャは顔をぱぁっと輝かせた。


「勿論です!心配しなくても、また私はすぐにお嬢様に会えますわ!」

「…!良かった!」

そして私はお父様と共に部屋を後にした。


お父様は私の部屋まで送り届けてくれるようで、一緒に歩いている。

「お父様、聞いても良い?」

「ん?なんだい?」

「お父様は使用人の名前、全員覚えているの?」

「そりゃあ、私が雇っている大切な人達だからね」

お父様は私が言いたい事を察知したようで、頭をポンポンと撫でてきた。


「サーシャの名前が知れて、良かったね」

「…うん!これからは仲良くなれるかな?」

「そうだなぁ…あくまでメイドと主人だからね。友達にはなれなくても、信頼できる関係にはなれるんじゃないかな?」

お父様のその言葉に、私は使用人から信頼されるような人になろうと決心した。

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