第29話

Aを押した後、ゆっくりと私はメイドの元へ歩みを進める。

そして、ナイフを手に取った。


(え、何で!?私は確かに『A.手紙を開けるよう、メイドに命令する』を選んだはずなのに!)

そう心の中で呟きながら、自分の行く末を見守る。


すると、そのナイフの刃先をメイドに向けて差し出した。


「ひっ…!お、お嬢様!?あ、危ないです!」

当然、怯えるメイド。

「あなたが開けなさいよ」

「えっ?」

「ほら、早く。あなたがこの手紙を開けなさいって言ってるの。聞こえなかった?」


私はニヤリと笑いながらメイドにそう伝える。

戸惑いつつも、メイドは持っていたトレーを机の上へ置き、更にトレーに置いてあった手紙を手にした。


おどおどとしながら、私の様子を伺っている。

「チッ。何?言いたい事があるなら、言えば?私の命令は聞きたくないとか?」

盛大に舌打ちをして、私はメイドを睨みつける。


「い、いえ!滅相もございません!封をお開けしますので、ナイフを…」

そういうメイドの言葉を遮って、私はクスクスと笑った。

「はぁ?誰がナイフで開けろって言ったのよ?」

「え?で、ですが…」

メイドは戸惑っている。


「丁寧に、指で剥がして開けなさいよ。封筒をボロボロにしたら…分かってるわよね?」

「なっ!そんな!固くのり付けされているこの封を指で開けるなんて…破れてしまいます!」

「は?あんたの意見なんて求めて無いわよ。言われた通りやりなさい」

「で、ですが…」

「何?口答えする気?」

「…し、失礼いたしました。頑張って、みます…」


青ざめながらも封筒を開けようとするが、指先は震えている。


(何て可哀そうに…ごめんなさい。本当にごめんなさい。あなたは悪くないわ…本当にごめんなさい)

私はそう心の中で呟いたが、私の口から発する言葉は真逆のものだった。


「今、ビリって鳴ったわよね?」

「え?そ、そんな…鳴っていません!まだ、大丈夫です!ご覧ください!」

「はぁ?“まだ”って…破るつもりなの?」

そう言って手に持っているナイフをメイドにまた突きつける。


「ひ、ひぃ!申し訳ございません!そんなつもりで言ったのでは…」

「あーあ。口答えばっか。パパに言って、あなたなんてクビにしてもらおうかしら」

「そ、そんな困ります!うまくやりますので…!」

「はぁ?もう既にうまく出来てないんですけど?どうするつもりなのよ?」

そう言いながら私はまたニヤニヤと笑った。


私の今立っている位置は丁度目の前に鏡が置いてある。

メイドが土下座して謝った時、私の顔が鏡に映った。


(な、なによ、この顔…!本当に悪役令嬢じゃない!!私はこんなんじゃ…こんな怖い顔で接するつもりじゃ…)

鏡に映った自分の顔は、冷たくてまるで他人のようで、前世のゲームで見た私そのものだった。


「お、お嬢様!ナイフを貸してくださいまし!そうすれば綺麗に開けられます!!」

急に立ち上がったメイドが私からナイフを奪おうとする。


「な!?や、やめなさいよ!私に逆らう気!?」

私はナイフを持った手をブンブンと振り回す。

(やめて!メイドに怪我させちゃうじゃない!!)


「お嬢様!申し訳ございませんが、お手紙を綺麗に開けるにはこれしかありません!」

「うるさい!私の言った通りに動けば良いのよ!この…!」

そう言って思いっきりナイフを振り上げた。


「お嬢様…!」

私を止めようとしたメイドが、私に駆け寄る。

その時、足がもつれたのか私に倒れこんだ。


ブスリ。

気付けば私の胸元にはナイフが刺さっている。


「え…?」

「お、おじょう…さま?」

私の姿を見て、青ざめたメイドが後ずさりをした。


「な、んで…」

「私は…私は悪くない…」

メイドは腰が抜けたようで、壁にぶつかるまで後ずさりを続ける。


(痛い…苦しい…。この選択はダメだったんだ…)

そう考えたのを最後に、私は意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る