第23話

翌日。

私たちは皆で湖に来ていた。


昨日あの後、少し話をしながら眠りについたが、その時に湖に行こうという話になったのだ。


「アレン!ルーちゃん!危ないから湖に近付きすぎちゃダメよ!」

「「はーい!」」


私たちは元気よく返事をし、湖の周りを走り回っていた。

「お兄様見て!魚が泳いでる!」

「本当だ!あ…ルー、あれ!」

「え?」

お兄様が指さした方には、見慣れたベリーがあった。


「あ…あのベリー!」

料理長の顔を思い出す。

私の為にと作ってくれたケーキの上に乗っていた、あのベリーだ。


「…ルージュ?」

私が黙り込んでいると、お兄様が心配そうに顔を覗き込んだ。

そのやり取りを見ていたお父様が、私の肩に手を置く。


「ルージュ。料理長が心配?」

「…はい。私の為に作ってくれたケーキ、美味しかったのに…」

「昨日お医者様から聞いた内容だけどね」

「?はい」

「あれ、パパお家にいる全員に話しちゃったんだ」

「え?」

思わずお父様を見上げると、ウインクして『てへっ』と付け加えた。


「だからね。料理長も分かってくれたと思うよ。本当はルージュがケーキを楽しみにしていて、美味しいと思ってくれていた事も」

「そ、そう…かしら」

料理長に辛く当たるのはこれで2度目だ。

正直、子供だからとか精神が安定していないとか、それらしい理屈を並べても納得できないんじゃないかと思う。


「そうだよ!ルー!僕もその場にいたけど、料理長はむしろホッとしていたよ!」

「え?そうなの?」

お兄様がニコニコしながら話し始めた。


「うん。『良かった。おかしいと思ったんです。お嬢様はこのベリーが好きだったはずなので…良かった』って言ってた」

「本当?」

「うん!本当だよ」


私はその言葉を聞いて、心底ホッとした。

このままお医者様の言葉通り『精神が安定していません!』なんて生きていく事は出来ないけど、今はそれで料理長も納得してくれたなら良かった。


「よかった。私、料理長が作るご飯もデザートも大好き!」

「そうかい。その言葉、帰ったら料理長に伝えてあげなさい」

「はい!」

少し元気が出た所で、お父様にある提案をした。


「お父様。このベリー、お土産に持って帰っちゃダメかな?」

「料理長にかい?」

「うん!またケーキ作って欲しいから…」

「良いよ。この湖は誰かの私有地でも無いし、自然の恵みだ。誰が貰っても構わない場所だよ。ただ…全部取ってしまうと自然界や精霊たちがかわいそうだからね。少しにしなさい」

お父様は頭をぽんぽんしながらそう言った。


「せいれい?」

この世界には精霊がいるのだろうか。

ゲームでは出てこなかったと思うけど…思い出せないだけかもしれない。


「そうだよ。精霊。自然豊かな所には精霊がいる、って昔から言い伝えられていてね」

「お父様も精霊を見た事あるの?」

「いや。残念ながら、まだ無いね。滅多に人前に姿を現さないそうだよ」

「へぇ…。僕は精霊はおとぎ話だと思っていました」

お兄様も一緒に聞き入っている。


「まぁ、あながち間違いでもないね。ここ100年程は誰も精霊を見ていないようだし、本当にいたかどうか…という意見もあるんだ」

「えっ!本当はいないの?」

「ふふ。パパはそうは思わないよ。きっといるさ。まだ出会えていないだけだよ」

子供をあやすように、お父様は言う。

きっと、私の夢を壊さないようにしているんだわ。


「そうね!私もいると思うわ!」

私は元気いっぱいそう答えて、またベリーの元へと走った。


「たくさんある!おいしそう…」

「ルー、ひとつだけ食べてみたら?」

お兄様はそう言って、1つベリーを取った。

「良いのかな?」

「お父様もああ言ってたし、大丈夫だと思うよ」


私はお兄様からベリーを受け取り、口に放り込んだ。

「ん~!やっぱり、甘酸っぱくて美味し…」

『助けて!』

私の頭に声が響く。


「…え?」

『湖の中…動けない。助けて』

「湖の中?」

私はそう言いながら湖の方を見た。

太陽の光が反射して水面がキラキラと光っているが、ひときわ輝く場所があった。

赤い光。とても綺麗だ。


「綺麗…」

そう呟き、湖に近付く。

「…ルー?どうしたの?」

お兄様の問いかけにも答えず、私は魅入みいってしまったその場所にゆっくりと近付いた。


「どうしたの?」

様子を見に来たお母様が不思議そうにお兄様に尋ねている。

「さ、さぁ…突然湖に…って、ルージュ!?」

2人が話している間に、私は湖に落ちていた。


『ここだ…助けて…くれ。お願い…』

湖に落ちても不思議と私は冷静だった。

声のする方へ、光の方へと潜っていく。

私って泳げたっけ?まぁ、どうでもいいか…。


半ばボーっとしながら、光の元へとたどり着いた。

大きな岩に光が挟まっている?

何だか、苦しそう…。

待ってて、今助けるわ。

心の中でそう呟いて、岩をどかした。


『ははは!動ける!よっしゃ!助かったぜ、ありがとうな!じゃあな!』

そう言いながら光の塊はどこかへ行こうとする。


待って。綺麗。どこに行くの?

私はその光の塊を手で鷲掴みにした後、助けに来たお父様に抱えられて地上へと出た。

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