第7話
「聞いた話かとは思いますが…
私が以前、家庭教師の先生を怖いと感じてしまったのは、机をよく叩く先生だったからです。少し間違えると怒鳴りながら何度も目の前の机を叩かれました。
当時の私は今よりも子供で、どうしても恐怖から机に座る事が出来なくなりました。
だけど…それは、先生を変えて学び直せば良いだけだったと今になっては思います。
両親に話した後、家庭教師がクビになり、周りの人達から心配されました。
その時、5歳の私は正直どこかで『みんなが心配してくれていて、私に優しくなってくれた。このまま勉強もやりたくない』と思っていたかと思います。
それで、怖いからもう勉強はしたくないとお父様に言って、困らせて…
それでも家族は優しく私の事を受け入れてくれて…
私はそれに、甘えてしまっていたのです」
そこまで話してからカリーナ先生を見ると、穏やかに話を聞いてくれていた。
その後、カリーナ先生は私の目をまっすぐ見て言った。
「ルージュ様。あまりご自分を責めてはいけません。
確かに、まだ子供だったルージュ様は『これで勉強しなくていい。ラッキーだ』と思ってしまったのかもしれませんね。
そう。まだ子供だったからその考えになったのです。それを許した、あなたのお母様、お父様、お兄様もあなたへの愛情からそう判断したのです。
今まで教育を受けていなかった責任が、誰かにあるわけではありません。あなたが甘えていたわけでも、ご家族が甘やかしたわけでもないのですよ?
だから、今までやってこなかった事よりも、今回やると決めた、あなた自身が決断した事を誇りに思いなさい」
カリーナ先生がそう言ってくれたのを聞いて、私は少し泣きそうになった。
この数日で前世の記憶を取り戻して、今までの記憶とゴチャゴチャになって。
どうして今まで、あんなに優しくて大好きな家族に迷惑をかけていたの!?とルージュを責めたかった。
でもその責めたい相手は私自身で、自虐的になるしかなかったのだ。
先生の言葉を聞いて、自分が思う以上に本当は不安で混乱していたんだなと実感する。
「それに、私が家庭教師になったからにはスパルタで授業をしますから!すぐに同年代のご令嬢達にも追いつかせてみせますよ!」
そういたずらっぽく笑う先生を見て、今度は声を出して笑ってしまった。
「先生…私も、先生に聞きたい事があるんです」
「ええ、なんですか?」
「家庭教師の先生って、カリーナ先生だけなんですか?色々と習う事があると思って、その…身構えていたので。てっきり、先生が分かれているのかと思ってまして」
「ああ!それなら、安心してください。私は教師の資格も持っていますので、高等部のように専門的には教えてあげられないのですが、全ての科目において基礎的な事は教えて差し上げられますわ」
なるほど。でも基礎とは言え全ての教科を担当できるなんて…
それも、女の人。カリーナ先生は凄い人なのかも。
「わかりました。改めて、よろしくお願いします!」
「はい。こちらこそ」
その後は本当に授業は行わず、好きな食べ物や好きな事をお互い話したりしていた。
「ルージュ様は言葉遣いもきちんと敬語を使えていますし、マナーに関しては苦労しなさそうですね。はぁ…私の弟も見習って欲しいものです」
カリーナ先生は溜息をつきながら言う。
「あ、いえ!私も、その…10歳の誕生日に、直したんです。ちゃんと学んだわけでは無いのでまだまだだと思いますが。それまでは本当に…今考えると恥ずかしいくらいに…はい」
私がそう言って恥ずかしがっているのを、カリーナ先生は驚いている。
「まぁ!独学でここまで丁寧に話せるご令嬢は初めてですわ」
それは私が一応前世の記憶があるからで…前世は社会人だったし。
と言ってもルージュの記憶と混ざっている為、前世のようにキャリアウーマン!って感じでは無いのだけど。
「そ、そう言えばカリーナ先生には弟さんがいらっしゃるんですか?」
私が話を変えると、先生は少し苦い顔をした。
「そうですね。ルージュ様より4つ上です。私たちドリス家は教育者の家系でして、私も含めて皆教師を目指しているのですが…弟は未だその自覚が無いようで」
眉間にシワを寄せながら、はぁっとまた溜息をつく。
「で、でも14歳なら!私が言えた事ではありませんが、これからじゃないですか?」
「そうだと良いんですけどねぇ…」
私の必死のフォローも虚しく、カリーナ先生は相変わらず眉間にシワを寄せていた。
話し込んでいるうちに時間が来てしまい、今日はお別れすることになった。
「では、また次回に。次からはビシビシとしごきますから、覚悟しててくださいねぇ~?」
この短時間で、こうやって冗談も言ってくれるぐらいに仲良くなったのだ。
「先生、門までお送りします!」
「従者の方もいるので、大丈夫ですよ。外も冷えてきましたし、ルージュ様は早く部屋へ戻られた方が…」
「いえ、今日がとても楽しかったから…お送りしたいんです!門までは一緒に行っても良いですか?」
少し恥ずかしい気もしたけど、素直にそう言うと先生は嬉しそうに笑った。
「まぁ!嬉しいですわ!では、お願いできますか?」
「…はい!」
私はカリーナ先生と一緒に門へ向かうのだった。
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