第8話
「う~ん」
翌日。カリーナ先生が来るまでの時間、私は1人部屋で頭を抱えていた。
「手紙に…贈り物まではやりすぎかしら…?」
手紙を手元に置きながら、独り言をつぶやく。
私は今手紙を書いている。
その相手は…オーウェン=レイミー。
私の10歳の誕生日にも挨拶を交わした、私の幼馴染。
そう、オーウェンもお兄様と同じく攻略対象の1人なのだ。
ゲームでのオーウェンは、私ルージュ=ホルダーの婚約者だった。
主人公がオーウェンと仲良くなれば、ルージュが嫌がらせをしてくる。
最初は持ち物が無くなったり、暴言を吐かれたりなどの小さな事から。
それだけならまだ救いようはあったが、ついにルージュはとんでもない事をしてしまう。
主人公が口にする飲み物の中に、毒物を混入。
つまり、殺人未遂だ。
それは卒業式のパーティ中の出来事。
オーウェンはお兄様と同じ年齢の為、私たちの1つ上の先輩方の卒業式だ。
卒業パーティの途中、ルージュが主人公にグラスを渡す。
いつも冷たいルージュから飲み物を渡された事が嬉しく、素直に受け取る主人公。
口にしようとしたその時、オーウェンがグラスを取り上げる。
そこでしらを切れば良かったのに、頭に血が上っているルージュは自らの犯行を口にする。
その言葉を聞いたオーウェンは、その場でルージュとの婚約破棄を言い渡す。
泣きながら、その場に座り込むルージュ。
そんなルージュに、ある女子生徒がナイフを持って走り出す。
ルージュはそこで死んでしまう。
「確か…オーウェンのファンだった女子生徒の1人が、オーウェンの為と思って殺したのよね」
その女子生徒はその場で警備兵に取り押さえられ、主人公とオーウェンは結ばれる。
相変わらず私は死ぬが、主人公としてはハッピーエンドってわけだ。
今後どんな選択肢が出るか分からないし、主人公がどのルートに行くかもわからない。
どのルートに進んでも、せめて死なないように日頃の行いをしっかりしなくちゃ。
「…はぁ」
私は誕生日パーティの事を思い出して、溜息をついた。
『ルージュ嬢、この度10歳の誕生日を迎えた事、賛辞を贈らせてもらうよ』
あの言葉は、この国の王族からの祝福の言葉。
そう、オーウェンは…この国の王子なのだ。
しかも、言葉と共にオーウェンは手を胸に当て、お辞儀までしてくれた。
これは確か王族が友好の意を表す仕草だ。
普通ならここで、きちんとした言葉を送り返さなければいけないはず。
「それなのに…それなのに私は…」
『も、もう!私たちの間でそんな堅苦しいのは無しでしょー!』
私は思い出して、頭を抱えた。
あんな常識知らずな返し方、言ってしまえばオーウェンは私に恥をかかされたのだ。
オーウェンはいつもの笑顔のままだと、あの時は思っていたけど…
今の私には分かる。笑顔を崩さないように必死だったのだ。
いくらオーウェンが優しくても、あれはきっと怒っているはず。
笑顔と言う名のポーカーフェイスを保つのに必死だったに違いない。
「もう!教育を受けていれば、こんな事で悩む必要も無かったのに!私のバカ~!」
今後の事が不安になり、私は泣き出す。
ああ、手紙がくしゃくしゃになったから書き直さなきゃな…
なんて思いながらも涙は止まらなかった。
****
手紙の内容も決まらないまま、カリーナ先生が来る時間になった。
私はメイドに頼んで身支度を整えてから、先生を待つ。
暫くして、部屋にノックの音が響いた。
「カリーナ先生!今日から、よろしくお願いします!」
私は先生が入ってきた事を確認すると、すぐにお辞儀をした。
「ええ、ルージュ様。こちらこそ、よろしくお願いしますね!…って、まぁ!どうしたんですか!?」
お辞儀を終えて顔を上げた私と目があった瞬間、カリーナ先生はわざとらしく驚く。
「な、どうしたんですか?」
「それはこちらのセリフです!ルージュ様、何かお悩みでも?」
そう言いながら、バッグから手際よく手鏡を出して私の前に差し出す。
鏡を見た私は少し目を丸くしてから、呆れたように笑ってしまった。
目がものすごく腫れていたのだ。
というか顔もすごくむくんでいる気がする。
「可愛いお顔が台無しですわ。少し失礼」
そう言って、先生はメイドを呼びつけた。
「私が来る前に、身支度はしたと思いますが…担当したメイドは誰かしら?」
呼びつけたメイドに、明らかに怒った様子で先生が問いかける。
「は、はい。私でございます」
メイドはビクビクしながら答えた。
「あなた、誰のメイドなのかしら?」
「え?」
「いいから、答えて頂戴」
「は、はい。ルージュ様のメイドでございます」
「そうよね?あなたの仕えている主人の顔を見て、何も思わないのかしら?」
酷い言いようではあるが、確かにそれほどまでに私の顔は酷かった。
「い、いえ。その…」
「ルージュ様」
「ひゃ、ひゃい!」
突然、私の名前を呼ばれて驚いてしまった。
「ルージュ様もルージュ様です。身支度の時、鏡は見ましたか?」
「い、いえ…任せきりで、まったく見てませんでした…」
「メイドに頼りきりではいけません。あなたも自分の見た目に気を遣うべきです。今後はきちんと自分でも鏡を見ながら身支度をしなさい」
「は、はい。すみません」
私とメイドが落ち込んでいると、カリーナ先生が突然手を叩いた。
「ほらほら!もうお説教は終わりです!顔の腫れを取りますよ!授業はそれからです!」
その言葉を聞いてメイドはすぐに腫れを取るためにタオルやら何やら準備していた。
私は横になり、タオルを目元に当てていく。
「先生、ごめんなさい。初日なのに…」
タオルを当てたまま謝ると、カリーナ先生は優しく答えた。
「いいんですよ。まずは見た目について、ご指導が出来たというものです」
そう言って笑うカリーナ先生の声で、その優しい笑顔が想像できた。
「それで、どうしてあんな事に?」
「あ、いえ…その。ちょっと悩んでいる事があって」
顔が見えないからか、何だか話しやすい。
私はオーウェンに対して無礼な態度をとってしまった事。
それでお詫びの品を送りたいが、何を送れば良いか迷っている事。
手紙がうまく書けない事。
それらを考えていて泣いてしまった事を、カリーナ先生に全て話した。
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