第6話
コンコン
「どうぞ」
ノックをすると中から声が聞こえた。
私は扉を開け、一礼をし挨拶する。
「失礼いたします、お父様。ルージュです」
書類に目をやったままにしていた父が、その言葉を聞いてバッと顔を上げる。
「ル、ルージュ?」
私のいつもとは違う仕草を見て、目を丸くしている。
お兄様といいお父様といい…まぁでも、この反応は当たり前か。
何せワガママし放題だった私が、急にしおらしくなってるんだものね。
「体調も回復したので、お話があって来ました。今お時間は?」
「あ、ああ。大丈夫だよ。私からも話したい事があったからね」
そう言った後父は無言になり、じっと私を見つめる。
何かを待っている感じだ。
「あ…えっと。私から話しても良いの?」
私が恐る恐るそう聞くと、お父様はポカンとしていた。
「い、いやそうじゃなくて…いつもはすぐにお父様の膝の上に来るのに、今日は来ないのかい?」
確かに、私はいつもお父様の部屋には断りなく勝手に入り、仕事をしているにも関わらず勝手に抱き着き膝の上に乗り…
今考えても恥ずかしいその振舞いに、今すぐ顔を手で覆いたかった。
「お、お父様。私ももう10歳になったのよ。そんな子供っぽい事しない事にしたの」
恥ずかしさのあまり震える声でそう伝えると、お父様は明らかに落ち込んだ様子だ。
「そうなのか…でも甘えたくなったらいつでも来なさい?」
「は、はい…」
「それで、ルージュからの話を聞こうか?」
明らかに態度が違う私を見て疑問に思っているだろうが、良いタイミングで話を戻してくれた。
私は一呼吸ついてから、話す。
「お父様。私ももう10歳になりました。それで…今まで私自身が拒んでしまっていた教育を受けさせて貰いたいです」
「…ふむ。どういう風の吹き回しかな?」
「前々から、これじゃいけないのではないかと不安だったの」
これは嘘だ。前世の記憶を取り戻すまでは、一生勉強なんてしないつもりだった。
「それから、お兄様が今日体調を崩した私を心配して来てくれたの。そんな優しいお兄様に全ての責任を押し付けてたなと、反省したわ。だからね、私はこの家の一員として恥ずかしくないように、お兄様を支えられるようにしたいの!」
これは本当だ。ルージュになってしまった自分であり、前世を思い出した自分自身の気持ちだ。
「…そうか。いつの間にか、ルージュも大人になっていたんだね」
お父様は私の意見をすんなり受け入れてくれる。
「実はね、私からの話もその事だったんだよ。正直に言うと、貴族で10歳でも教育を受けていないのは珍しい事でね。前の家庭教師の件もあったし無理させたくは無かったんだが…心配いらなかったようだね」
お父様はニコリと笑った。
「じゃ、じゃあ…!」
「そうだね。貴族が本来受けるべき教育として、歴史を中心とした基礎知識と、剣術、魔法について学んで貰おうか。あ!ルージュは女の子だし、剣術は基礎だけだからね。そんなに難しくないはずだよ」
「はい!ありがとう!お父様ー!」
私は嬉しくなって、思わずお父様に抱き着いた。
この癖はどうやらすぐに取れないらしい。
「おやおや、やっぱりまだまだ子供だね」
お父様はそう言って笑うのだった。
お父様の部屋を出た後、私はそのままお母様の部屋に向かった。
同じようにノックをして、扉を開け、挨拶をする。
お母様の反応は…まぁ、予想通りの驚きっぷりだった。
私は家庭教師をつけてもらう事、その話をお父様にした事をお母様にも伝える。
「ルージュ…!あの辛い出来事を乗り越えられたのね!お母様はとても嬉しいわ!でも、無理はしちゃダメよ?」
お母様は私を抱っこし、そのまま抱きしめた。
私も抱きしめ返す。
家族全員から喜ばれて、私は早速明日から家庭教師をつける事にしたのだった。
***
翌日。
早速私は自分の部屋に新たな家庭教師を招き入れていた。
「初めまして、お嬢様。本日より教育担当を仰せつかりました、カリーナ=ドリスと申します」
そう言って一礼をするカリーナ先生は、本当に美しかった。
「お嬢様は私の生徒ですので…今後はルージュ様とお呼びしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はい!勿論です!」
「ルージュ様、そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。…以前の家庭教師の事は私も聞いております。ゆっくり、ルージュ様のペースで進めましょう。もし何かあれば、すぐに言ってくださいね?」
ガチガチに緊張している私を笑うでもなく、勿論叱るわけでもなく…そう言って先生は優しく微笑んだ。
「はい。カリーナ先生…ありがとうございます」
私が笑顔でお礼を言うと、カリーナ先生は少し驚いたような顔をした後、また優しい笑顔を向けてくれたのだった。
「では、そうですね…早速授業に、と言いたい所ですが…」
カリーナ先生は少し考え込んで、パチンと指を鳴らした。
「今日はお茶会にいたしましょう!」
「えっ?お茶会ですか?」
「ええ。今日は勉強よりもルージュ様の事を知りたいですわ。たくさんお話しましょうか」
初日からスパルタ勉強が始まると思い込んでいた私は、嬉しさもあったがどちらかというと拍子抜けしてしまった。
私たちは庭に移動し、メイドが淹れてくれた紅茶を飲んでいた。
「ルージュ様に聞きたい事があるのですが…よろしいですか?」
紅茶を飲んで一息つくと、先生が唐突に言ってきた。
「は、はい!なんでも聞いてください!」
「少し突っ込んだ質問になるのですが…家庭教師をつけていなかった理由はお聞きしましたが、どうして突然教育を受けようと思ったのですか?何かきっかけがあったのかなと気になりまして」
「あ、ああ…そうですね」
私はここで、ふと思い立って選択肢の事を話せるか試してみる事にした。
「実は10歳の誕生日を迎えた日に…」
「はい」
「…」
「…」
「…」
「…?」
ダメだった。話そうとしても口がこれ以上動かない。
同じ呪いを受けた人でなければ話せないというのは、やっぱり本当らしい。
急に固まる私を先生は心配そうに見ていた。
「えっと、すみません。言葉がまとまらなくて」
咄嗟にそう言うと、先生は『ゆっくりで良いですよ』とまた微笑んでくれる。
私は紅茶を一口飲んでから、理由について話す事にした。
「10歳の誕生日を迎えて、心境の変化というか…このままじゃダメだ!と思ったんです。今の私は、この先もお兄様に負担をかける事を知ってて何もしない、愚かな妹だったと思います」
私がそう言いチラリと先生を見ると、先生は真剣に聞いていた。私は続ける。
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