第34話 ヒューゴの行方

 怒りで体が震える。しかしそんな中、今の話を聞いて、ひとつ気になるところがあった。


「待って。行方不明って、どういうこと?」


 今ロイドは確かに、ヒューゴのことを死亡ではなく行方不明と言っていた。それはつまり、生きているということなのだろうか。


 するとロイドも、ようやく憎たらしい笑みを浮かべるのをやめ、少し渋い顔になる。


「どうもこうも、そのままの意味だ。傷を負わせたところまではいいが、止めを刺す前に見失ったそうだ」


 思えばクリスが最後に見たヒューゴの姿は、彼が山の斜面から転がり落ちるところだ。死という決定的な瞬間は見ていない。


「じゃあ、もしかしたら、生きてるかもしれないの?」


 そう呟いた瞬間、急に視界がぼやける。少し遅れて、自分が涙ぐんでいることに気づく。

 それがロイドには面白くなかったのだろう。意地悪く、こんなことを言ってくる。


「どうだかな。死体こそ見つかっていないが、かなりの手傷を負ったのは間違いない。今も警備隊が捜索しているが、もうとっくに死んでいるかもしれんぞ。それにだ。私達がわざわざお前を生かしているのは、なぜだと思う?」

「えっ……?」


 言われて、初めて気づく。元々ヒューゴを始末するつもりで襲撃をかけてきたのだから、一緒にいたクリスを殺すのを、わざわざ躊躇うとは思えない。むしろ生かしたまま捕まえるとなると、そっちの方がはるかに手間がかかる。


「ヒューゴが死んでいるのならそれでいい。生きていたら、見つけしだい始末する。だが万が一それも叶わず奴が総隊長に復帰すれば、どうにかしてその動きを封じる必要が出てくる。しかしあいつのことだ。金を握らせようと力で脅そうと、そんなものでどうにかなりはしないだろう」

「当たり前です!」


 お前じゃあるまいし、そんな卑怯な手段に屈したりはしない。そう心の中で悪態をつくが、ロイドはそこで、だがなと続けた。


「金や力では動かなくとも、情に訴えればどうかな。愛しの恋人の命がかかっているとなると、いくらあいつでも、少しの隙はできるかもしれん」

「はぁっ!?」


 どうだと言わんばかりに得意気な顔をするロイド。だがクリスは、それを聞いて少々ずれたことを考える。


(そっか。この人、まだ私と総隊長のことを、本物の恋人同士だと思ってるんだ)


 そんな設定、アスターの家を出てナナレンの近くまで戻ってきた頃には、半分くらい抜け落ちていた。


 そりゃ本当の恋人なら、ヒューゴも多少なりとも動揺するかもしれない。だが自分達はあくまで恋人のふりであり、そこに愛も恋もありはしない。

 つまりロイドの目論見は根底から間違っているわけだが、果たしてそれを告げるべきか。


 こんなことをしても無駄だと啖呵を切ってやりたくもあるが、その結果ヒューゴを脅す役には立たないと判断されたら、その瞬間クリスは用済みだ。そうなると、いよいよ命が危ない。


「恋人である私を人質にすれば、総隊長は──じゃない。ヒューゴ様はあなた達に従うと思っているの?」


 結局、ヒューゴとは恋人という設定そのままで話を進める。呼び方も急遽『ヒューゴ様』へと変えたが、幸いそれについては何も言われることはなかった。

 それよりも、大事なのは本題の方だ。


「そうなってくれるといいのだがな。要は、それだけ君がヒューゴから愛されてるかという話だが、それについては君の方がわかっているんじゃないのか?」

「それは……」


 愛されてはいないだろうが、もちろんそんなこと言えはしない。

 何も答えられないでいると、ロイドはそれをどう受け取ったのか、軽く肩をすくめる。


 だがその時、通路の向こうから一人の男がやって来て、ロイドに何か耳打ちをした。

 するととたんに、ロイドの口角がグッと上がり、クリスに向かって言う。


「喜べ。もう一人、君と一緒にここで過ごす奴を連れてきたそうだ」

「えっ……?」

「ヒューゴとの交渉材料になるかもしれないのは、君一人じゃないんだよ。どれだけ役に立つかはともかく、手札は多いに越したことはない」


 思いがけない言葉に、訳がわからず戸惑う。だが詳しく問い質す間も無く扉が開かれ、一人の人物が姿を現した。

 それを見て、クリスは戸惑う。


(……この人、誰?)


 そこにいたのは、中年の女性だった。頭を下げているため表情はよくわからないが、様子を見るに、どうやらクリスと同じく、無理やりここに連れてこられたようだ。

 だがクリスには、彼女が誰なのか、全く心当たりがなかった。

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