第30話 警備隊の役目
クリスにとってロイド=アスターは、できることなら二度と会いたくない相手である。とはいえ、普段は住む場所も立場も違うのだから、そんな機会はそうそうないだろうと思っていた。
なのにまさか、こんなにも早くその顔を見ることになるとは、それもこんな形でだとは、全く考えもしなかった。
「ホムラが裏で流通している疑いがあるだと? 何をバカな!」
ごろつき達をカーバニアの警備隊に引き渡した後、ヒューゴ達はそのまま、総隊長室にいるロイドの所に赴き、事の次第を伝えた。
しかしそれを聞いたロイドの反応は、とても深刻とは言えないものだった。
「ホムラの摘発例など、この数年ありはしない。たかがごろつき一人の妄言、信じるに足りん」
夜会では、一応表面的には紳士的に振る舞っていたロイドだが、ここでは人目がないこともあってか、その態度は尊大だ。
昨日騒動を起こしているということもあり、内心面白くないのだろう。
気に入らないことに関してはクリスも同じだが、今はそんなことに拘っている場合ではない。
「だが、現に苗木がここにある。それだけじゃない」
ヒューゴは男から押収したホムラの苗木を見せた後、小さな袋を一つ取り出した。これもまた、あの男から押収したものだ。
そして袋の中には、白い粉が入っていた。
「そいつが言うには、こいつは精製済みのホムラだそうだ。しっかり調べてみんとわからんが、もしも本物なら、男の言っていたことにも真実味が出てくる。妄言と決めつけるのは、それからでも遅くはないぞ」
「なんだと?」
「もちろん、ただの杞憂で終わる可能性の方が高いかもしれん。だが疑わしきことがあれば徹底的に調べ、本当に問題がないか確かめる。それが、俺達の警備隊を預かる者としての役目だ」
「くっ……」
個人的な好悪はともかく、二人とも街の治安を守る警備隊。それも各都市の総隊長という重責にあるというのは同じだ。
その役目と言われては、ロイドもさすがに耳を傾けざるを得なかった。
「そこまで言うのなら調べよう。だが本当にホムラが国内に入って来ているのなら、国境を守るお前の責任にもなりかねんぞ」
「ああそうだ。だからこそ、余計に放っておくわけにはいかん。ついては、近年この街で押収された麻薬や密輸品の捜査に関する資料を全て確認したい」
「全てだと? たかがごろつき一人の証言で、そこまでやるつもりか」
それぞれ管轄が違うとはいえ、捜査資料は申請すれば他の地区の警備隊員でも見ることはできる。しかしヒューゴの要求したもの全てとなると、かなりの量になるだろう。
ロイドは僅かに逡巡するが、やがて静かに頷いた。
「いいだろう。だが全ての資料を揃えるとなると時間がかかる。後日送り届ける故、今はナナレンに帰るのだな」
「そのつもりだ。こっちもこっちで、密輸ルートがないか徹底的に調べなくてはならないからな」
「徹底的に、か。これで何もなければ、いよいよ無駄な苦労になるな」
最後のは皮肉のつもりで言ったのだろうが、ヒューゴもいちいちそれに食ってかかるようなまねはしなかった。
「ああ。無駄になることを祈っているよ」
そもそも、ここでロイドと悶着をおこしている暇はない。先ほど言っていたように、密輸の可能性があるのなら、すぐにナナレンに戻り調査しなくてはならない。
しかしそんな思いとは裏腹に、ヒューゴがクリスと共にカーバニアの街を出るまでには、それからさらに時間を有した。
「まさか、ここまで時間がかかるとはな」
馬車の中で、ヒューゴが若干苛立った様子で言う。
ロイドと分かれ、警備隊の駐屯所を出た後、ヒューゴとクリスは、すぐにナナレンに戻ろうとした。
しかし、今は二人とも、アスターの本家に招かれている身だ。正式な出立の際にはちゃんとした挨拶が必要で、それには何かと時間や手間がかかる。
客人としてもてなしてもらった以上そうするのが礼儀であるのはわかっているが、おかげで元々遅くなっていた出立が、さらに遅くなってしまった。
ヒューゴにしてみれば、そもそも来たくもなかった上に急ぎの事態が発生したのだから、多少苛立つのも仕方ないかもしれない。
「この調子だと、ナナレンにつくのは暗くなってからでしょうか。帰りついたら、とりあえず真っ先に着替えたいです」
ヒューゴもクリスも、さっき街に出た時に着ていた庶民的服から、再び高価なものへと着替えている。クリスもこういった格好には慣れつつあるが、それでも丈の長いスカートというのはどうも落ちつかない。
やはり自分には合わないなと、着る度に思ってしまう。
しかしそれも、これが終われば、当分はやらずにすむだろう。
それよりも気になるのは、やはりホムラのことだ。
「総隊長はどう思います? 本当に、密輸ルートなんてあるのでしょうか」
「わからん。だがさっきも言ったように、疑いがあればまずは調べる。それが捜査の鉄則だ」
それは、クリスも何度も聞かされている言葉だった。その結果、例え十回中九回が空振りだったとしても、残りの一回で防げる犯罪があるかもしれない。助けられる人がいるかもしれない。実際、そんな事例は何度もあったそうだ。
ヒューゴが総隊長に就任して以来、ナナレンの治安は急速に良くなってきているが、そんな考えを徹底させているというのも、大きな要因なのだろう。
そうしているうちに、馬車は山道へと差し掛かる。辺りはすっかり暗くなっているが、ここを越えれば、いよいよナナレンはもうすぐだ。
だがその時だった。突然、馬車を引いている馬が鳴き声を挙げ、屋形が大きく揺れた。
「何があった?」
ヒューゴが屋形の戸を開け、馬を引く御者に訪ねる。だが、馬車の前方へと目を向けた次の瞬間、すぐに外へと飛び出した。
「気をつけろ。賊だ!」
「えっ──」
クリスも同じように、屋形から出て外の様子を確認する。
するとどうだろう。馬車の前には数人の男達が立ち塞がり、その行く手を阻んでいる。そしてその手にはそれぞれ剣やナイフといった武器が握られていた。
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