第29話 思わぬ押収品

 見ると、ヒューゴとごろつきは、それぞれ短刀とナイフを構えながら、じりじりと間合いをはかってた。


 自分も加わった方がいいだろうか。そう思ったが、ヒューゴがそれを止める。


「加勢ならいらん。それより、倒れている奴らの確保を優先しろ!」


 その僅かな会話を、油断と判断したのだろう。一気に男が動きだし、ヒューゴに向かってナイフを振り上げる。紙一重でそれをかわすが、男はさらに、二度、三度と攻撃を続けていく。

 対するヒューゴは、ただ避けるだけ。攻守の手数で言えば、完全に防戦一方。素人が見ればそう思うかもしれない。


 だがヒューゴの戦いを見慣れていたクリスは、すぐに気づく。避けてばかりの中で、攻めに転ずるタイミングを図っていることに。


 戦いというのは、手数の競い合いではない。むしろいらぬ動きは、余計な隙を生む。

 その隙を、ヒューゴは見逃さなかった。


「やぁっ!」


 一瞬で攻守が逆転し、ヒューゴの振るう短刀が男を襲う。男も手持ちのナイフでそれを凌ごうとするが、無駄だった。


 互いの刃がぶつかる音が、二度、辺りに響く。だが三度目に響いたのは、ヒューゴの蹴りが男の横腹に叩き込まれる音だった。

 男は短刀に気をとられるあまり、それ以外を注意する余裕がなかったのだ。


 そこからは、もう一方的だ。男はさっきまでの善戦が嘘のようにやられ、あっという間に地面に倒れこむ。


 これでごろつきどもは全滅。あとは逃げ出せないように、持っていたロープで手足を拘束していく。


 最後まで戦っていた男をクリスが縛りつけた時、その懐から何かが溢れ落ちた。


「これは………」


 それは、小さな袋に入った、何かの植物の苗木だった。

 とはいえ、ただの苗木をわざわざ大事に持っていたりはしないだろう。これが何なのかは、だいたい想像がつく。


「こいつが使っている薬物か。見せてみろ」


 さっきヒューゴも言っていたが、この男が、麻薬かそれに類する薬物を使用しているのは、その様子からだいたい予想がついていた。

 当然それらは違法であり取り締まりの対象となるのだが、一向になくならないばかりか、近年では自ら栽培するというケースも増えている。この男が持っているのも、おそらくそうした目的で手に入れたものだろう。

 これだけなら、とりわけ珍しいことではない。

 だが、ヒューゴがそれを手に取り確認すると、急に顔色を変えた。


「どうしてここにこんなものがある?」

「どうかしたんですか?」


 ヒューゴにしてみれば、麻薬の押収など何度も経験していることだ。なのにこうまで驚くというのは、どうにも普通じゃない。


「もっとしっかり確認する必要があるが、こいつはホムラと呼ばれる、東国原産の植物だ。お前も、警備隊の講習で聞いたことはあるだろう」


 ヒューゴの言う通り、クリスも警備隊にいた頃教わったことがある。葉っぱが炎のような形をしていることから火を意味する名前を与えられたその植物は、思っていた通り、違法薬物の原料だ。


 だが知識はあったが、実物を見たのは初めてだ。


「これって、ここ数年は、国内で見つかった例はほとんどなかったですよね」

「ああ。だがその効果は絶大で、欲しがるやつにとっては金や宝石よりも価値があると言われている。実際、見つかったものはいずれも高額で取引されているケースばかりで、末端に出回ったことなどない。とてもこんな奴が持ってるような代物じゃないが、実際に実物がここにある」


 ヒューゴは男の胸ぐらを掴み上げると、顔を近づけながら凄む。


「おい。お前、どこでこれを手に入れた」

「知らねえよ、どこだったかな。それよりあんた、見逃してくれねえか。こいつが育って金になったら、分け前をやるぜ」


 冗談なのか本気なのか、この期に及んでそんなことを言う。ヒューゴは怒るというより、呆れたようにため息をついた。


「言っておくが、ホムラは育てるのがとんでもなく難しい。素人がやろうと思ってもまず無理だぞ」

「なっ……!?」


 手足を拘束されてなお強がるのをやめなかった男が、これまでで一番の驚きを見せた。


「嘘だろ! だってあいつ、これさえあれ簡単にいくらでも金が入るって言ってたんだぞ。自分で使っても、その残りだけで十分だって……」

「それ、騙されたんじゃないですか? そんな簡単に育てられるなら、今ごろもっと流通してますよ」


 実際、過去にホムラを押収した事例でも、国内で栽培されたというケースはほとんどない。


「おまけにこの苗、相当傷んでいるぞ。お前がこれを手に入れるためにいくら払ったか知らんが、売った相手は、間抜けが引っ掛かったと笑っているだろうな」

「そんな……」


 よほどショックだったのだろう。少し前までの威勢はどこへやら、放心したような虚ろな目で天を仰ぐ。決して同情はしないが、哀れなものだ。


 しかしこれを、何も知らない男が騙されただけどして済ませていいかはわからない。

 何しろこの苗木そのものは、本物である可能性は高いのだ。


「いくら育てるのが難しいとはいえ、ホムラの苗木もまた、国内での所持は禁止されている。わざわざ法を犯してまでこれだけを持ち込むような酔狂な奴がそうそういるとは思えん。だが精製したものを売り付ける際は、こういうものがあった方が宣伝になる」

「それって、精製されたホムラもどこかにあるってことですか?」

「可能性の上ではな。おい、お前にこれを売ったのはどこの誰だ」


 こんな粗悪品でなく、精製されたホムラが国内に持ち込まれているとなると、いよいよ一大事だ。

 男に向かって問い質すが、残念ながら録な答えが返ってこなかった。


「知らねえよ。自分はホムラの密輸に関わってるって言って、これを売り付けてきたんだ」


 実に胡散臭い話だ。男には悪いが、騙された方にも問題があるだろう。


「仕方ない。こいつらをこの街の警備隊に引き渡すついでに、過去にホムラが見つかった事例がないか聞いておく必要がある。国外から大量に持ち込まれているとしたら、俺も無関係ではいられん」


 ヒューゴの守るナナレンは、国境の街だ。もしもホムラの密輸が行われているのだとしたら、その管轄範囲内から国の中へと入っている可能性が高い。


「場合によっては、この街の警備隊の資料を提示してもらうことになるかもしれんが、それにはトップの許可が必要になるな」

「トップって、カーバニア警備隊の総隊長ですよね。どんな人なんですか?」


 すると、なぜかヒューゴは渋い顔をする。


「……ロイドだ」

「えっ?」

「ロイド=アスター。あいつが、カーバニアの警備隊総隊長なんだよ」

「あ、あの人ですか……」


 その名前を聞いて、今度はクリスも渋い顔をした。

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