第21話 責める者達
どういう事情かは知らないが、この男はヒューゴのことを嫌っているのだ。
彼もまた、この家の次期当主の候補の一人であるというし、その辺りに確執があるのかもしれない。
しかしそんな事情は、クリスにとっては関係ない。問題なのは、このままこの男に喋らせておいていいのかどうかだ。
だがそんな心配をよそに、ロイドはクリスらの返事も聞かず話を進る。
「まず最初に話すとしたら、ヒューゴがこの家に売られた日のことになるかな」
(売られた? ヒューゴ隊長が?)
この男は、いったい、何を言っているのだろう。
困惑しながらヒューゴを見る、顔を強ばらせながら額に汗を浮かべていて、明らかに動揺しているのがわかる。
彼のこんな姿を目にするなんて、初めてのことだ。
それを見て、なんだか心苦しくなる。ロイドが何を話そうとしているのかは知らない。だが、きっとこれは、軽々しく聞いていいものはない。本当の恋人でもない自分には、知る権利があるとは思えない。
しかしそのヒューゴは、この場で騒ぎを起こすことを危惧しているのか、強くは止められないでいる。
ならば、止めるのは自分の役目だ。
「いえ。あなたには、何も語っていただかなくて結構です」
ハッキリとそう告げ、話を経ち切ろうとする。だがそれでもなお、ロイドは話をやめようとしない。
「おや。君は気にならないのかい? いずれ、自分が嫁ぐことになるかもしれない男の話だよ。知っておくべきではないのかな」
まるで、君のためだと言わんばかりの物言いだ。
こちらが苛立っていることなどわかっているだろう。わかっていて、それを楽しんでいる。それを見て、クリスの心は決まった。
何より、ヒューゴの事情を一切抜きにしたって、この男はこの上なく不快だった。
「本当に大事な話なら、ヒューゴ様は言うべき時を選んでおられるのでしょう。それを部外者から、それもあなたのように、本人に断りもなく話そうとする無粋な方から聞くつもりはありません!」
鋭く言い放つと、これにはロイドも驚いたようだ。一瞬にして言葉が途切れ、目を丸くしている。
できることなら、その顔に拳の一発でも入れてやりたかったが、さすがにそれはグッと堪える。
だが堪えるのなら、もっと前の段階で堪えておくべきだったのかもしれない。
それに気づくのに、そう時間はかからなかった。
「おや、ロイド殿。いかがなされましたかな?」
この普通でない雰囲気がようやく伝わったのか、近くにいた男性が声をかけてくる。それからクリスを見ると、訝しげな表情で言う。
「なにやらこちらのご婦人が声をあげているのを目にしましてな。事情は知りませんが、こういう場でそのようなはしたない行為はよろしくないでしょう」
「なっ──!」
もしかして、自分が悪いということになるのだろうか。だが声をあげたと言っても、特別騒がしくしたとは思っていない。そもそもこうなる原因を作ったのはロイドの方だ。
しかし弁解するよりも先に、まるで男性の言葉が合図になったかのように、この様子に気づいた者達が、一人また一人とやって来る。
そんな中ロイドは、最初にやって来た男に向かって言う。
「いや、私は気にしていないよ。ここは、彼女にとっては不馴れな場所のようだ。少しくらい作法を知らなくても、それを責めるのは酷というものだ」
自分が元凶だというのに、どうしてこんなことを平気で言えるのだろう。
だが集まってきた人達は、こんなことになった経緯など何も知らない。そんな中、今の言葉を聞いたらどう思うか。
場をわきまえずに騒ぎを起こす無作法者と、呆れながらもそれを許すロイド。そういう構図のできあがりだ。
「元々失礼なことを言い出したのは、あなたの方じゃないですか!」
なんとか誤解をとかないと。そう思い声をあげるが、何人もの冷ややかな視線が突き刺さる。
有力者であるロイドと、突然現れた場違いの庶民であるクリス。どちらの言葉を信じるかは明白だった。
だが、自分一人の無礼ですむのなら、まだよかったかもしれない。
「ヒューゴ殿。こちらの方は、あなたのお連れでしたな。相手はよく選ばなくては、あなたの品性まで疑われますぞ」
最初にやって来た男がヒューゴを責める。だがその前に、男が微かに笑うのを、クリスは見逃さなかった。
そこでようやく悟る。この男は、最初からロイドと示し合わせていたのだと。
ロイドがわざとクリスを怒らせるような言動をとった後、男が頃合いを見計らってやって来る。そして、さもクリスが悪いかのように仕立てあげる。
全ては、彼女を連れてきたヒューゴの落ち度とするために。
それに、まんまと引っ掛かってしまったのだ。
「違います。私はただ──」
「いい加減にしないか!」
再び弁解しようとするが、男の一喝にあっさりと掻き消される。だが、今さら何を言ったところで、どのみち変わらないかもしれない。
ロイド達の思惑通り、今や完全にクリスが失態を起こしたようになっていて、誰もその言葉など聞こうともしなかった。
誰かの呟きが、耳に届く。
「あの娘、ヒューゴ様が連れてきたのだよな」
「恋人と言うからどんな方かと思えば、行儀も知らぬ愚女ではないか」
何があったかも知らずに、皆、勝手なことばかり言っている。
だがクリスにとって、自分が悪く言われること以上に、そんな嘲笑や嘲りが、ヒューゴにまで向けられているのが悔しかった。
こんなことにならないよう、この一ヶ月の間礼儀も作法も必死に学んだというのに、この場においては何の役にも立たない。
「待ってください。ヒューゴ様は悪くありません!」
またも声をあげるが、それだけでは誰も聞きもしない。それどころか、このままでは事態はもっと悪くなるかもしれない。
ならば、どうすればいいか。
ほんの少し迷った後、悔しさと羞恥に震えながら、ゆっくりと頭を下げる。
もう、今さらできることなど、これしか思い浮かばなかった。
「私の無作法が原因です。ヒューゴ様は、何も責められる謂れはありません」
こんなこと、本当は言いたくない。悪いのは自分だと、認めてしまうようなものだ。
だがいくら声をあげ本当のことを言っても無駄なら、さっさと謝って、できるだけ穏便に事を収めた方がいい。
それが、ロイド達の思惑にはまってしまった自分のできる、唯一の方法だと思った。
だが──
「待て。お前が頭を下げる必要はない」
謝罪の言葉を口にしようとしたその時、凛とした声が響いた。
「ヒューゴ様……」
それまで、ほとんど何も反論することなく、言われるがままだったヒューゴ。
だがクリスを守るように彼女の前に立つと、そのまま集まってきた者達を静かに見渡した。
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