第6話 バレた!

「うわぁぁぁぁぁん!」


 水浴び場に、クリスの叫びがこだまする。ちなみに、服は着ている。さらに言うと、今この場にヒューゴはいなかった。


 クリスが最悪のタイミングでタオルを落とした直後、ヒューゴは崩れ落ちるように膝をついた。

 そして数秒の沈黙の後、決してこちらを見ることなく、告げる。


「クリス。落ち着いたら、あとで総隊長室に来い」


 それだけを言い残すと、素早く着替えをすませ、ふらふらとした足取りで去っていく。


 クリスは何も答えなかった。答える余裕などなかった。

 噴火したように火照った体を抱きしめながら、無言のまま立ち尽くすことしかできなかったのだ。


 それから震える手で服を取り、半泣き状態で着替えを終えたところで、ようやく声を出す。それが、先ほど響いていた叫び声だ。


「見られた、見られた、見られたーーーっ!」


 クリスが入隊してから、すなわち男と偽って生活するようになってから、早半年。しかし、なにも心まで男になったわけじゃない。

 表向きはともかく、クリスは女性。そして異性にあられもない格好を見られたら、それを恥ずかしがるくらいの羞恥心はちゃんと持ち合わせている。めちゃめちゃ、持ち合わせている。


「ああ、このまま消えてなくなりたい」


 涙混じりに呟くが、そういうわけにもいかない。なにしろヒューゴから、落ち着いたら隊長室に来るようにと言われている。

 今のところちっとも落ち着く気配はないが、だからといってこのまま行かないわけにもいかないだりう。


 水浴び場を出て、重い足取りで本舎へと入っていく。

 そうしてやって来た隊長室。できることなら、このままUターンして帰りたい。そんな気持ちを抑えながら、恐る恐る扉を開く。


「あの……ヒューゴ総隊長。クリストファー=クロス、ただいま参りました」


 ヒューゴは机に向かい、いくつもの書類と向き合っていた。そういえば、盗賊団との一件に対する事後処理をしなければならないと言っていたが、これもその一つなのだろう。


「お、お忙しいなら、また改めて出直しましょうか?」

「必要ない。仕事なんぞ、まるで手がつかん」


 ピシャリと放たれた声が、扉を閉めようとするクリスの手を止める。逃走失敗だ。

 ヒューゴは持っていたペンを置くと、鋭い目でクリスを見る。これは、怒っている時の目だ。


「そ、そういえば総隊長。どうしてあの時水浴び場なんかにいたんですか?」


 少しでも場の空気を和らげようと、どうでもいい話をふってみる。しかし、それは逆効果だった。


「お前も知っての通り、女に手を握られたから気分が悪くなり、風に当たっていた。それから、水でもかぶればもう少しスッキリするかと思って行ってみた」

「そ、それは大変でしたね」

「ああ。俺は女は苦手だからな。そう、女はな」


 女という言葉を強調しながら、ヒューゴの不機嫌オーラが、よりいっそう強くなる。


「本題に入るぞ。今話した理由で俺は水浴び場に行き、お前と鉢合わせしたわけだが、その時見たお前の姿、どうにも妙だった」

「妙、と言いますと……?」


 無駄だろうなと思いつつ、往生際悪くとぼけてみせる。だがもちろん、そんなものは何の効果もなかった。


「ああそうだ。お前は一切何も身につけなかったわけだが、その胸はわずかながらに膨らんでいた……ような気がする」

「き、気のせいです!」

「かもしれん。しかし、仮に胸は気のせいだったとしても、下には何もついて……」

「きゃぁぁぁぁっ! 思い出さないでください!」


 改めて、恥ずかしい部分をしっかり見られたのだと突きつけられ、羞恥心からその場で崩れ落ちそうになる。


(ああ、できることなら逃げ出したい)


 しかしどれだけ恥ずかしくても、ここで逃げるわけにはいかない。

 なにしろクリスにとって裸を見られたというのは、ただ恥ずかしいだけで終わるものではないのだから。


「その反応。どうやら俺の見間違いというわけではなかったみたいだな。一応、最終確認をしておく。クリストファー=クロス。お前の性別はなんだ?」

「………………女です」


 長い沈黙の末、クリスはか細い声で答える。


 ああ、とうとうバレてしまった。実際は見られた時からとっくにバレていただろうが、自らの口からそれを告げるのは、やはり苦しかった。


「できれば、見間違いであってほしかった」


 ヒューゴはヒューゴで、頭を抱えながらため息をつく。

 無理もない。半年間男だと思っていた部下が実は女だったなど、想像もしていなかっただろう。


「さっきお前の入隊書類を確認したが、そこには性別は男と書かれていたぞ。当然だな。うちは男しか入隊を認めていない。これはどういうことだ」

「にゅっ……入隊時に、嘘をつきました。本名は、クリストファー=クロスではなく、クリスティーナ=クロスです」

「ほう、名前も偽っていたのか。まあ、性別に比べれば些細なことだな」

「そ、そうですね……」

「なぜ、こんなことをした?」

「そ、それは……」


 ひとつのひとつの問いに答える度、クリスは生きた心地がしなかった。警備隊に性別を偽って入るというのは、はたしてどれくらいの罪なのだろう。


 しかし、ここで上手く言い訳をする頭も度胸も持ち合わせてはいない。

 結局、以前の仕事と住む場所がなくなったこと。新しい仕事先が見つからなかったこと。その挙げ句に、男装して入隊するという方法を思いついたこと。その全てを話す以外に、選択肢はなかった。


「…………なるほど。そういう事情があったというわけか」

「はい。そういう致し方なのない、やむにやまれぬ事情があったのです」


 話終えた後に、こうする以外に道はなかったのだというのを強調する。しかし、次にヒューゴが言い放った言葉は無慈悲なものだった。


「なるほど、わかった。それでは、今すぐ隊を出ていけ」

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