第7話 クビだけはご勘弁を

「えぇっ!」

「何を驚くことがある。お前は、女は入隊できないと知っていたから、性別を偽り入隊したのだろう。それがバレたのだから、出ていくのは当然だろう」

「それは……」


 そりゃそうだ。クリス自身、これで今まで通りいられるとは思っていない。

 しかし、しかしそれでも、そう簡単に引き下がるわけにはいかなかった。


「お願いします。どうかここにいさせてください。このままじゃ、また仕事も住む場所もなくなってしまいます!」


 今回は完全に自分が悪いとはいえ、このままでは半年前の悪夢の再来になってしまう。

 警備隊の採用条件というのは、そこの総隊長の裁量によるものが大きい。ここでヒューゴが了承さえしてくれたら、今まで通りでいることも可能だ。


 だがクリスがどれだけ必死に懇願しようと、ヒューゴの意思は変わらない。


「そんなもの認められるわけないだろ。本来なら不正を働いたということで捕らえてもいいんだぞ。それをしないのは、その境遇と今までの働きに免じてのことだ。だがそれ以上は知らん!」

「そこをなんとか。今までの二倍働きますから!」

「しつこい!」


 無茶を言っているというのはわかっているが、それでもクリスは必死だった。必死になるあまり、頼み込んでいくうちに、徐々にヒューゴとの距離が近くなる。

 そして、気づけば腕を伸ばし、ヒューゴの手を掴んでいた。

 その瞬間、ヒューゴの顔色が変わる。


「お、お、女が俺に触るなーーーっ!」

「あっ! ご、ごめんなさいっ!」


 必死になるあまりすっかり忘れていたが、ヒューゴは女性が大の苦手で、触れられでもしたら、とたんに体の調子が悪くなる。


 慌てて手を離すが、一度手を握ってしまった以上、たちまちのうちに顔色が悪くなり、最低でも吐き気を催す。はずだった。

 しかし──


「ん? 平気だ、何ともない」


 ヒューゴは、最初驚きはしたものの、別段顔色が悪くなるわけでも、体の調子がおかしくなるわけでもなかった。


「あの……大丈夫なのですか?」

「う、うむ、そのようだな。どうやら、お前をずっと男だと認識していたせいで、触れても平気になっているらしい」


 戸惑いながらヒューゴが言うが、驚いているのはクリスも同じだ。少なくとも彼女が知る限り、ヒューゴは老若美醜問わず、女性に触れられると体に変調をきたすという特異体質だ。


 だがよく考えてみれば、今まで自分が触れて気分が悪くなったということは一度もない。

 もちろんそれは、クリスを女だと認識していなかったが故のことだが、その積み重ねが免疫のようなものを作っていったのだろう。


「じゃあ総隊長は、私になら触っても平気なのですね。なら、私が隊に残っても大丈夫なのでは?」


 この奇跡に、一縷の望みをかけて聞いてみる。しかし、そう甘くはなかった。


「ダメだ。たとえ俺に触れて大丈夫だったとしても、一度特例を認めれば、また女が入ってくることになりかねん」

「そんな。それって、自分が女の人が苦手だから嫌だってことですよね。公私混同じゃないですか」

「ああそうだ。ついでに言えば、女だから悪いなどと言う気もない。俺が個人的に嫌いで苦手なだけだ。だが、俺は自分の身を守るため、徹底的に公私混同する!」

「──っ!?」


 公私混同、ハッキリ認められた。しかしその上でこうも開き直られてしまうと、かえって何も言えなくなる。

 さらに、ヒューゴの言い分はそれだけではなかった。


「言っておくが、俺個人の都合を抜きにしても、クビであるのは変わらんぞ。不正を行い入隊するような奴を、隊員として認めるわけにはいかないだろう」

「うぅっ、そんな……」


 再びクビを言い渡され、本当におしまいなのだと、改めて思い知らされる。女とバレた時点でこうなることは予想していたが、やはりショックは大きかった。


 いったいこれからどうすればいいんだろう。込み上げてくる不安から、気がつけば目には涙が滲み始める。

 しかし、それをヒューゴが止めた。


「泣くな。泣くならせめて、俺のいないところにしろ」

「す、すみません!」


 慌てて涙を拭い、それ以上出てくるのを堪える。

 せめて泣くくらいさせてほしいとも思ったが、それを口にするのもまた堪える。


 その様子を見てヒューゴが言う。


「こんな時でも、泣くなと言われたら泣くのを止めるんだな」

「だ、だって総隊長、泣いている女の人って、特に苦手だったじゃないですか」


 女が苦手なヒューゴだが、中でも泣いている女の姿は、見るだけで調子が悪くなるのだと、これまでに何度も聞いていた。

 クリスの場合、触れても気分は悪くならないのだし、泣いている姿もある程度平気かもしれないが、それでもやはりいい気分はしないだろう。


 泣きたい気持ちがある一方で、今までずっと騙していた負い目もちゃんと持っている。できればこれ以上、困らせたくはないと、変なところで生真面目さを発揮していた。


 すると、ヒューゴの表情が少しだけ和らいだ。


「その愚直さに免じて、退職金は出してやる。それで安い部屋を借りれば、少しの間は暮らしていけるだろう。その間に次の仕事をみつけろ」

「えっ? でも……」


 退職金。それを聞いて、クリスが感じたのは戸惑いだった。

 なにしろクリスは、入隊してまだ半年しかたっていない。この短い期間で辞めたとなると、普通は退職金など出ないか、出ても雀の涙くらいしかないだろう。そもそも不正がバレてクビになる身。支払われるなど、全く考えていなかった。


「隊の金庫からでなく、俺個人が支払えば問題あるまい。今日の戦いではお前に命を助けられたから、その礼だ。これが、俺にできる最大限の譲歩だが、これでもまだ不服か?」

「それは……」


 もちろん、このまま隊員として働きたいかと聞かれたら、間違いなくそうだと答えるだろう。だが言ってもそれが叶わないというのは目に見えている。


 それに、これがヒューゴなりの気づかいだというのも理解できた。彼は女に関しては徹底して拒絶するところがあるものの、その一方で、隊の部下に対しては親身になれる人だというのを、クリスはこの半年の間でよく知っていた。


 それを思うと、もうこれ以外の答えなどありはしなかった。


「お心遣い、ありがとうございます。今日までお世話になりました」


 少しの葛藤の後に、お礼の言葉と共に頭を下げる。

 こうして、この日クリスは、警備隊から正式に除隊することとなった。

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