第5話 響く悲鳴

「今日もまたダメだった。立ち退きの期限は明日だよ……」


 この短い期間に、探し、訪ね、そして玉砕した仕事はいくつになるだろう。酒場のマスターに背中を押されて奮起したのはいいが、状況はあの頃と何も変わっていない。いや、明日には住む場所を失うのだから、むしろ悪化している。


 最悪の場合、故郷の実家を頼るというのあるが、家族だってそう生活に余裕があるわけじゃない。一人立ちして出ていったにも関わらず、今戻っていったら、確実に迷惑をかけてしまうだろう。


「早く、早く次の仕事を探さないと」


 焦りでいっぱいになりながら、集めた求人チラシに片っ端から目を通す。すると、そのうちの一つに目が止まった。


「ナナレン、警備隊隊員募集──寮完備。しかもお給料もいい!」


 それは、待遇だけを見ると願っても無いような条件だった。


 仕事内容は、警備隊と聞いて連想することそのもの。つまりは、街やその周辺で起きる犯罪に対する緒対応だ。


 この手の仕事は、危険がつきものである分、諸々の待遇が良いところも多い。

 もちろんそれは、そうでもしないと成り手がいないくらいに過酷というのを意味しているのだが、今のクリスにとっては、それでもなお魅力的だった。


 それに、実はけっこう自信もあるのだ。


「体力や武術なら、小さい頃から村の道場に通って鍛えていたから、多分いけるはず」


 元々、兄弟達につられてはじめたものだったが、才能があったのか、いつの間にか誰よりも強くなった。

 何より、選り好みなどしている場合でない状況で、これだけ良いところをみつけたのだ。挑戦してみる価値は十分にある。


 しかし再びチラシに目を通したところで、その興奮が一瞬にして冷める。


「なにこれ。募集してるの、男だけ?」


 男性のみ。

 非情なことに、募集要項にはハッキリとそう記されていた。つまり、女のクリスには挑戦することすらできないというわけだ。


「そんな……」


 考えてみれば、ある程度納得のいく話ではある。通常女性は男性と比べて、どうしても体力筋力といった面で遅れをとるというのは事実だ。そのため、こういった職種で女性は圧倒的に少なく、求人も男性限定で出すということも多々見られる。

 もちろん中には例外もあるが、ここはそうではないようだ。


 しかし、既にこれが最後のチャンスと思っていたクリスには、諦めるには未練が強すぎた。


「そりゃ確かに、単純な力だけじゃ敵わないところもあるかもしれないよ。だけど、それが全てじゃないじゃない。入隊テスト受けてダメだったってなったら仕方ないけどさ、それもできずに女ってだけの理由で諦めろって言うのはあんまりじゃない」


 言ってどうにかなるわけでもないが、それでも愚痴と不満が止まらない。


「あーあ。私が男だったらよかったのに。村の道場で稽古していたころは、男みたいだってからかわれたこともあったんだけどな」


 半ば投げやりに呟き、自らの体を見る。丸みや膨らみはやや乏しいものの、当然ながら紛れもなく女のそれだ。


 かつて男みたいだとからかわれた時は、すぐにその相手を成敗していったが、今は、本当にそう勘違いしてくれたらとすら思ってしまう。そうしたら、そのまま女ということを隠して入隊できるのに。


「……ん。まてよ?」


 そこまで思った時、クリスの頭にある考えが浮かんだ。

 突拍子もなく非常識。そして失敗したら、きっと大変なことになる。だがうまくいけば、一気に問題を解決できる……かもしれない。


 そして今の彼女には、手段を選んでいる余裕などなかった。


「ダメで元々。一か八か、やってみるしかない」


 結果として、クリスのこの目論見は見事成功。無事、ナナレンの警備隊へと入隊することになる。

 ただし、クリスティーナ=クロスではなく、クリストファー=クロスと名乗り、男性として入った。


 クリスの考えた、女の身で警備隊に入る方法。それは、性別を男と偽るというものだった。







「我ながら、よくあんな手を考えて、しかもうまくいったものだよね」


 一人水浴びをしながら、クリスは半年前の出来事を思い出す。


 なけなしのお金で男物の服を揃え、髪をちょっぴり短くし、口調を男性のものへと変える。名前も、本名のクリスティーナではなく、クリストファーと名乗った。

 そうして入隊試験に挑んだところ、見事合格。以来、この駐屯所の近くにある寮に住み、ずっと男として通してきている。


 今改めて思うと、性別を偽って警備隊に入るなんて、どう考えても無茶苦茶だ。

 しかしそんな無茶な方法が、実際にこうしてうまくいっていた。


 幸い、寮は一人部屋だったため、自分の部屋の中では自由にできた。

 最も不安だったのは、駐屯所内での着替え。それに、今のような水浴びを誰かに見られないかというもの。たがそれらは、あの手この手を使って、誰にも見られないようにしてきた。今だって、こうして他の隊員達とは時間をずらしてやっている。

 体力勝負の過酷な仕事だって、幼い頃から鍛えてきた賜物か、なんとかやってこれていた。


 そんなことを続けてきた結果、最初の方こそいつ女とバレるのではないかとビクビクしていたが、今のところ一向にその気配はない。

 運がよかったのか、自分の男装が完璧なのかは知らないが、案外なんとかなるもんだ。


「あの時の私、ナイス」


 過去の自分に心の中で拍手を贈る。あのまま就職できずに路頭に迷っていたら、今ごろどうなっていたかわからない。


 しかし、女性ということを隠しての生活も、もう半年。そのため、クリスもどこかで油断していたのかもしれない。


 全身についた汗と汚れを落とし、近くに置いたタオルに手を伸ばしたその時だった。不意に、水浴び場の扉が開き、新たに誰か入ってきた。


「なんだ。まだ誰かいたのか?」

「えっ──?」


 入って来たのは、ヒューゴだった。このタイミングで、自分以外の誰かがいるとは思っていなかったのだろう。ひょいとこちらを覗きこみ、そこにいるのは誰かと確認してくる。


 そして、時が止まった。


「ク………クリス?」


 個別の洗い場は、一応敷居は設けられているものの、あくまで簡単なもの。少し首を伸ばせば、お互いの姿は全て丸見えになる。

 当然、クリスの姿も、全てヒューゴに晒されることとなる。一糸纏わぬところを、かろうじてタオル一枚によって隠されているその姿を。


「ヒュ……ヒューゴ総隊長?」


 自らのとんでもない格好を見られ、なおかつ目の前には、それと同等の姿のヒューゴがいる。この異常事態に理解が追いつかず、頭が真っ白になる。

 その結果、全身から力が抜け、手にしていたタオルが滑り落ちた。


「ふ…………ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 自身を隠すものがなに一つなくなったクリスと、それを見たヒューゴの、割れんばかりの絶叫が辺りに響いた。

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