『くちさきおじさん』

やましん(テンパー)

『くちさきおじさん』


 (これは、すべて、フィクションです。この世界とは、一切無関係です。)




 くちさきおじさんは、普段は、ただの初老のおじさんです。


 眼鏡をかけて、あたまの髪の毛が、ベートーベンさんみたいにもじゃもじゃです。


 何があったのかは、わかりませんが、長く、ずっと、ひとりで、おうちにとじ籠っておりました。


 しかし、真夜中になると、魂だけが抜けて、街を歩き回ります。


 寝ないで遊んでいる、若者をみつけると、声をかけてきます。


 『はやく帰らないと、くちさきおじさんが来るよ。』


 それで、さっさと帰れば良いのですが、口答えとかすると、たいへんです。


 大きなお口を、尖らせて、とめどなくむかし話を、し始めるのです。


 すると、相手は、体が固まって動けなくなります。


 時間は止まり、いつまでも、くちさきおじさんの愚痴を聴かされるのです。


 永遠に。


 くちさきおじさんは、魂だけの存在なので、相手を時間の狭間に置き去りにして、よそに行ってしまいますが、囚われたひとは、いつまでたっても、くちさきおじさんの幻から、同じ話を、繰り返し聴かされるのです。


 でも、実は、くちさきおじさんから、解放される方法は、わりに簡単です。


 おじさんの手を握り、こう言えばいいのです。


 『つらかったね。おつかれさま、早く帰って寝てください。』



 それだけなのですが、ただ、言うだけではだめですよ。


 真剣な態度を示すために、いやでも、手を握りしめなくては。


 できないと、いつまでも、ずっと、つらい話しを聴かされます。 


 まず、くちさきおじさんを、避けるには、夜遊びしないのが一番ですが、一人歩きはさけましょう。二人以上だと、たいがい、避けて通るらしいです。


 

    ……………………………



 それから、ちまたで、その、噂が広がりました。


 実際に、行方不明になる若者が、何人かでたのです。


 探しても、どうしても、その居場所がわかりませんでした。



 ある晩、くちさきおじさんは、やさしい、まだ若い修道士さんに、でくわしました。


 『ははん。これが、くちさきおじさんか。』


 と、すぐに勘づいた修道士さんは、逆に、先にくちさきおじさんに、声をかけました。


 『あなたが、くちさきおじさんですね。わたくしが、悩みをききましょうか?』


 すると、くちさきおじさんは、どんどん、話しを始めました。


 しかし、手を握りながら、やさしく聞いてくれる修道士さんが、あまりに、熱心に聴いてくれるものですから、いつもと様子が違うからか、なぜか調子が出ないらしく、だんだん、お口が重くなってしまい、やがて、話が途切れました。


 『どうなさいましたか。お疲れでしたら、少し休まれては?』


 修道士さんは、優しく言いました。


 すると、くちさきおじさんは、にっこり笑うと、そのまま、消えてしまいました。



    ………………………



 翌朝、くちさきおじさんの本体は、微笑みながら、亡くなっていたのです。


 遺体が発見されたのは、翌日でした。


 そのさきは、くちさきおじさんが出ることは、もう、なくなりました。


 行方不明の若者たちは、無事に戻って来たそうですが、かなり、くたくたに、なっておりました。


 夜遊びは、その後、自粛し出したようです。



 めでたし、めでたし……………?




         お し ま い


 


 


 

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『くちさきおじさん』 やましん(テンパー) @yamashin-2

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