第22話 星野ミヤコ「生まれたときから女子やってる私からのアドバイス」
文化祭が終わると、そわそわとした雰囲気は消え、学校はいつものゆるやかな学び舎に戻っていった。
烏丸先輩は大学受験で本格的に忙しくなっていた。模試や各校の対策向けに予備校に通ったりすると、意外と時間を取られる。そのぶんアキトと会うことが少なくなり、私も少しずつ気を揉むことがなくなった。ギクシャクしながらも、元のように生活を続けている。
日々が経ち、木々が色づきはじめると、私たちの心にもおだやかな色がつき始めた。
「あれ、なんだろ」
「どうしたハルカ?」
「机に…、これなに?」
「あー。それってラブレターじゃない?」
「いや…。ないでしょ」
「そう?」
「いたずらだよ」
ハルカはそう言ってたが、そうでもなかった。廊下にあるちっちゃな休憩スペースで突っ伏しているハルカに呼び止められた。
「ごめん、ちょっと助けて」
「どうした?」
「なんか男子からさっき真剣に交際したいとか言われて…」
「ああ、やっぱりラブレターだった?」
「うん…。ねえ、どうしたらいい?」
「ええ…。私に聞かれても」
「だってメグミはイケイケ言うだけだろうし…」
「まあ…」
なるほど、そうか、その手が…。なぜ気が付かなかったんだ。これは駆虎呑狼の計だ。虎を追い出すには、別の恋人を作らせればいい。まあ虎じゃなくて兎だけど。人はその長ずる所に死せざるは寡なし。ハルカは色香がありすぎる。それに溺れていつか死ぬのだろう。いや、一回死んだのか。
私は芝原の真似をして言ってみた。
「適当でいいんだよ。そんなの」
「ええ…。そうなのかな…」
テーブルにかぶさったまま、ぐでっとふてくされるハルカ。とてもかわいい。私ですら気がひかれる。まあ確かに性別の壁なんて気にしない奴は多いんだろう。でも…。私はふっと笑うと、ハルカの頭をくしゃくしゃとなでてやり、教室に戻った。
まあそうだろうなと思い、あたりをつけていったら、やはり春川の仕掛けだった。いつのまにか取ってたハルカの写真を男子どもに配り、「抱けるだろ?」と煽っていた。女子たちもこっそりのっていた。なにしろこういう「誰と誰がくっつく」的な話は彼女らの好物だ。スマホでは彼女らの言葉が踊っていた。
「こいつとくっつけるのも楽しいかもね」
「善意だよ。善意」
「山田とかどう?」
「どうやってくっつける?」
「ふたりきりにしちゃおうよ」
言葉はただ無責任に踊っている。春川もこれを見ているはずだ。好きな人が誰かとくっつこうとしているのをどう眺めているのだろうか。あれも難儀な奴だな。ああ、まあ…。私もか。
ふう…。
状況だけを見ればハルカをアキトから遠ざけてくれたのだから、敵に塩を送られたのだとは思うが…。
どうにもすっきりしない。なんだかとっても。
12月に入り、もうすぐクリスマスという事実が、恋人という需要を高めている。ハルカは毎日3人ぐらいから告白されていた。男子ばかりではなく、何人かは女子もいた。ミイラ通りはミイラに、深淵はまた深淵を。
「ねえ、ほんとにどうしよう、星野さん」
「いや…。私は軽くひいているんだけど…」
「そんなこと言わないでよ。メグミはなんだか目が血走ってて怖いし…。最近メグミの家で着替えてると、ずっと無言なんだよ。じーって。怖くて…。相談できるのもう星野さんしかいないんだから。ねえ、どうしたらいいの?」
いつもの廊下の休憩スペースでハルカはひたすら懇願している。そうね…。このままいじめてしまいたくなる。
「桃李言わずして、おのずからみちを成す」
「え? 松坂?」
「違うよ。ハルカは桃なんだ。おいしくてジューシーな。それを求めて勝手に人が集まってくる」
「それはなんかやだな…」
このまま放っておけばいい。きっと誰かと結ばれて、アキトのことは忘れてくれるだろう。幸せにデートして、キスして、そうやって恋を楽しんで、青春というやつを謳歌するんだ。
でも…。
いいのか、それで?
そこには私がいない。いないんだ。
それはなんだか…。
ああ…。ふふ。仕方ないな。
「だからさ。後腐れもなくちゃんと振っといたほうがいいよ。中途半端にしとくと相手がこじらせるから。これ、生まれたときから女子やってる私からのアドバイス」
「そっか…。でも怖くない? 振ったあとって、逆上されたりしない?」
「ハルカ、お前はちょっとかわいそすぎるよ。普通はそんなことならないから」
「そっか…」
「ちゃんとふりなよ。ハルカには、好きな人はひとりしかいないんだし」
「そうだね」
ハルカは目を細めて笑う。
「もしかしたらふたりかもよ?」
生徒会の手伝いでアキトと荷物運びをしていたとき、廊下の窓からふと下を見ると、中庭の端で、ハルカと私の知らない学生が話していた。歩みを止めて、つい見てしまう。
「おー、ちゃんとふってるなー」
すぐにがっかりした様子でハルカから学生が離れていく。並んで見ていたアキトがぼつりと言う。
「たいへんだな」
「そうだね。今日で何人目やら」
「なくしたピアスはいつか忘れるのかな? どんなに想っていてもいつか忘れてしまうのかな」
「え?」
「行こうか」
動き出したアキトに、私はただついていく。
「やっちゃったかな、芝原。これでいいのかな?」
「姫がそうしたいと思ったことをしたんだから、それでいいんじゃない?」
「ねえ、芝原」
「なあに?」
「どうして守りたいものは壊されるの?」
「さあ」
「どうして好きな人に嫌われなくちゃいけないの?」
「さあ」
「どうして自分が望むように生きられないの?」
「さあ」
「どうして悪役にならないといけないの?」
「さあ」
「どうして好きな人を愛しちゃいけないの?」
「さあ」
「どうして…」
「大丈夫だよ、姫。あいつにふられたら拾ってあげるよ」
「ありがとう。でも、そうなりたくない」
「そうだよね、それでこそ姫だ」
私の手のひらに芝原の手がそっと重なり、指を絡めていく。
スマホが震える。
「あれ、烏丸先輩からだ」
「なになに?」
「約束を果たそう、だって」
「そっか、クリスマスまでだっけ?」
「うん」
「もうすぐだね」
芝原がその手をやさしく私の胸元へ這わせていく。
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次話は南里アキトが想いを募らせます! ハルカはそのとき…。
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