第15話 星野ミヤコ「同じ男を好きな者同士の奇妙な連帯感」



 「服がないらしいんだ」


 まだ、ぎこちない感じで夕飯をアキトの家で食べていたとき、アキトからそう言われた。思わず箸でつかんでいた里芋をテーブルに落としてしまう。あわてて「3秒ルール」とか言いながら、また箸でつまんで食べる。ふきんで落ちたところを拭きながら聞いた。


 「兎賀さん?」

 「そう。連絡があってね。いろいろ足りないらしい」

 「女物?」

 「うん」

 「そう…」

 「ミヤコ、買い物に付き合ってくれないか? 僕だとわからないし」


 なんで私が。


 「ほら、前にハルカと遊びたいって言ってたじゃないか」


 呪われろ過去の自分。


 「それでハルカを連れてお店を巡りたいんだけど、どこがいいかな」

 とは言われても…。レディースファッションなんかピンキリだしな…。

 「まあ無難にウニクロとM&HとかサラとかCAPとか…」

 「もうちょっといいのを買ってあげたいんだ」

 「買う? アキトが?」

 「そう。事情があってね」

 「そんなことしてたら、そのうちなんでも買い与えるようになるわよ。拾った猫におもちゃたくさん買う中年男性みたく」

 「ハルカをペットにできたらかわいいだろうな。ははは」


 そんなわけはないだろう。しかし…。


 「予算は?」

 「あまり高くなく」

 「うーん、それならアウトレットかショッピングモールかな…。カクイとかマルキューとかそのあたりでもいいけど」

 「まあ、何が気に入るかわからないから、たくさん店があるほうがいいだろうな…」

 「フェミニン」

 「はい?」

 「あの子、絶対フェミニン似合う。ラッセパッセとかセルスチュアートとか。シナイデルもいいかも。アリス系よりは、ちょっと大人っぽいデザインがいいと思うんだよー」

 「そうなの? ミヤコ、ちょっと嬉しそうだね」

 「かわいい着せ替え人形をもらって、喜ばない女の子はいないって」


 まあ、それが恋敵であっても。



 3日後。駅に直結しているショッピングモールで、アキトと待ち合わせた。何を買おうとかアキトと話しているとき、ちょっと遅れて兎賀がやってきた。


 「お待たせ。今日はありがとう」


 黒いパーカーに白いTシャツ、下はジーパン。これはこれでかわいいけれど。でも…。私の何かが燃え上がる。


 「兎賀さん、今日は覚悟してね。めっちゃかわいくしてやる」

 「よろしくお願いします。女の先輩」


 兎賀がはにかむ。よしよし、お姉さんに任せなさい。

 完全にお財布と化したアキトを引き連れ、いろいろな店を見て回る。だいたい似合うんだけど、本人が首を縦に振らない。あんまり女の子らしいものは拒んでる。もう少し性別関係ないものがいいのかなと考えるけれど、そもそもそういうファッションは少ない。ステータスをどちらかに極フリしたほうが、わかりやすいのだろう。

 次の店に行こうとしてたら、兎賀が店先のひとつで足を止めてた。


 「これ、いいな…」

 「ジョリイクレヨンかー。私も何着か持ってるよ。ちょっとレトロな感じがいいよね」


 イギリスの上流階級にいる娘たちをブランドイメージにしているところだ。結構なお嬢様服だけど、品はある感じでフリルは少なくふわっとしていない。兎賀はなかなかセンスあるじゃないか。

 私は兎賀の手を引っ張って、店の中に入る。


 「ちょ、ちょっと、星野さん…。ちょっと…」

 「兎賀さん、いや、ハルカちゃん。いまからあなたは私の妹です」

 「はい?」

 「ダサ服しか着ない妹をファッションセンスがある姉が矯正している、というシナリオでいきます」

 「え、そうなの? 妹だったの?」


 ほどよいボケをしている兎賀に、つるし売りの服を手に取り、次々合わせる。そうしていたら店員がやってきたので、いくつか好みを伝えて服をかたっぱしから持ってきてもらう。妹はほんと知らなくて…とか適当なことを店員に言い、兎賀にあまり服の知識がないのをフォローする。あとはいくつかの服といっしょに兎賀を試着室に放り込む。ほどなくして、兎賀がカーテンを開いた。


 「これ…、どう?」

 「はううう。いい、とてもいい」


 イギリスの寄宿学校で少年が着ているような袖に膨らみがあるブラウス。イメージ的にはポーとかなんとか。美少年系はさすが似合うな…。いや、ここはさらにもうひとつ上を行ってみよう。兎賀に服を新しく渡す。カーテンが閉じ、また開かれる。


 「これは?」

 「はわあ。はまりすぎ…」


 黒地に白い花が散らされたワンピース。肩にはセーラーレースカラー。きっと執事はセバスチャンだし、教育係はアルフレッドだ。そんな環境にいるお嬢様に見える。こいつ高貴な人のご落胤とか、そういう設定なのか。


 「星野さん、これ変じゃない?」

 「いまからハルカちゃんは、シャーロットと名乗りなさい」

 「え、私、外人だったの?」

 「アキト、どう?」

 「…」


 顔に手をやり、真っ赤にしてる。まあ口にするまでもなくわかる。

 それから安くなってた夏服と、これから必要になりそうな秋冬物をまとめて買う。だいたい紙袋4つぶんか。私が服買うときより多いな…。お金を支払うときになってアキトが言い出す。


 「ミヤコ、僕が払うよ」

 「これは鑑賞代だから」

 「鑑賞代って…」

 「わかるでしょ?」

 「まあ…」

 「おとなしく払われなさい」

 「わかった…」


 結構な額を払ったあと、店に出る。兎賀がぴょこぴょこと前を歩いている。着ていた服は別の袋に入れてもらい、さっき買った小花柄の夏っぽいワンピースに店内で着替えさせた。なんかこう私たちの子供が目の前で喜んでいるような、そんな不思議な光景に感じていた。ちょっといいな…。

 荷物持ちになったアキトが言う。


 「ありがとうな」

 「いえいえ。久しぶりに私も楽しんだから」

 「よしよし」


 アキトに頭を撫でられる。


 「なにそれ?」

 「ハルカに女の子にはやさしくするもんだ、と教わったから…」


 え…。


 「やあ、南里、星野」

 「烏丸先輩…」


 なんで…。


 「僕が伝えたんだ。やさしくしなきゃって…」


 パン。

 私はアキトの頬を叩いていた。


 「アキトは、なんでそう人の気持ちがわからないの?」

 「おいおい、夫婦喧嘩か。さもしいな」


 煽ってきた烏丸先輩に掴みかかろうとしたとき、ハルカが間に入った。


 「星野さん、なんかちょっと疲れたみたいだよ? ほら、アキトは烏丸先輩さんとデート、デート」


 ハルカが2人の背中を押して送り出す。私とハルカは行き交う幸せそうな人たちの間に取り残された。



 ショッピングモールの店と店の間にあるあまり人が来ない狭い通路。そこにあったベンチにハルカといっしょに座った。


 「もうだめ…」


 私はだらしなく天井を見上げながら絶望を口にする。いままでアキトに手をあげたことなんてなかった。もうこれは決定的なんじゃないのか…。みんな無駄になった。いままでの私の気持ちを無視した対応もそうだったし、襲われたハルカがいるのに烏丸先輩を呼ぶという無神経さに感情が爆発してしまった。


 「そんなこと言わないでくださいよ」


 ハルカが困ったように言う。そんなことたって…。イライラしてハルカに八つ当たりする。


 「…楽しんでるの? 元はと言えば誰が…。こんなふうに人を追いやって…」

 「違います。ただ…」

 「ただ?」

 「女として扱ってもらえるから、嬉しいんです」


 ハルカが目を細めて微笑みながら言う。


 「男の取り合いなんて、女らしさの最たるものじゃないですか?」


 とてもうれしそう。ずいぶん屈託のない笑顔だ。

 まあ、ハルカにとってはそうなんだろうな。


 「私は疲れた。ただそれだけ」

 「じゃ元気になるおまじないです」


 顎に手を当てられる。気がついたらハルカの顔が目の前にあって、唇に柔らかいものが当たっていた。

 …。

 …んん?

 …んんんんんんっ!!

 キスされてるの? 私? ハルカに?

 ハルカがゆっくり離れていく。ああ、口元から糸ひいてる…。


 「アキトはいつでもこうされるのを待ってますよ。仲直りしてくださいね」

 「な…」

 「あ、あちらはご飯食べてくみたいです。ほら」


 スマホを見せられる。アキトからの連絡がハルカに行っていた。ああ、そういう経路があるのね…。

 ますます落ち込む私にハルカは私の手を取りひっぱる。


 「私たちは私たちでご飯食べましょ」

 「なんでお前なんかと…」

 「デートですよデート。私たちも遊びましょ」


 ベンチから立たされた私は、ハルカに手を握られ歩き出す。



 適当に入ったにしてはいいレストランだった。2人で大きなパエリアを囲み、ぽつりぽつりと話していた。だんだんと盛り上がったところで私はいろいろ思い出してきて、プリプリと怒り出す。


 「だいたいハルカはアキトのどこがいいのよ。あんなわからずや」


 エビを刺したままフォークを振り回す。


 「え、やさしいじゃないですか」


 レモンを絞りながらハルカが言う。


 「そりゃ、否定しないよ。でも、あれ、みんなにやさしいから」

 「あれって…。アキト、昔からそうだったんですか?」

 「そうなんだよ。たまに誤解する子も出るんだ。そのたびに説得したり話ししたり…。ああ、そういや芝原もその気があったっけ。あんときも苦労したな…」

 「たいへんですね、奥さんは」

 「まあ、慣れたけどね。でも今回はさすがに疲れた」

 「まあまあ。アキトも反省していると思いますよ」

 「なんで、そっちは気持ちが通じてるのよ。腹立つ…」

 「ほら、好みが一緒というか…。本の話でよく盛り上がるのはそんな感じで…」

 「そっちは私、よく知らないからな…」

 「くふふ。アキトから私にはミヤコの気持ちがわからないって言うんですよ」

 「なんだそれ…。もうふるか。もう」

 「似たもの同士だと思いますよ。お互いの気持ちをわからないふりしているところが」

 「…そんなんじゃないよ」


 似た者同士か…。なんか照れてきた。


 「ほらハルカも言いなさい。アキトのバカーって」

 「こうですか。アキトのバカー、アホー、おたんこなすー」

 「よしよしいいぞ。もっと言えー。許すー」

 「まあでも好きなんですけどね」

 「まあ私もね」

 「くふふ」

 「あはは」


 同じ男を好きな者同士の奇妙な連帯感が生まれていた。

 なんとも久しぶりに気持ちがいい。いままでこういうのはなかったな。


 「ねえ、ハルカ、恋愛ってなんだろうね?」

 「なんでしょうね…。私は隣で一緒に寝てくれることかな」

 「エロいな」

 「エロくないです。あ、ちょっとエロいか…」

 「どっちだよ」

 「ほら好きな人が隣に寝てたら、穏やかそうな顔とか、寝息で上下する吐息とか、温かさとか、そういうのがわかるじゃないですか」

 「まあ、なんとなく」

 「実際にそれを見てると幸せになれて…。それが私にとっての恋愛かな」

 「やっぱりエロい」

 「やったことないですか?」

 「まあ…」

 「やったほうがいいですよ。好きな人と一緒に寝られるのは、幸せで贅沢で嬉しいことですから」

 「そっか…」


 私とアキトが一緒にご飯食べるのと同じかもしれないな…。


 「恋ってなんなんだろうね…」

 「なんでしょうね…」


 二人して遠くを見つめる。

 はあ…。


 「今日はたくさん食べましょ」


 ハルカがスプーンでパエリアをすくって私の口元に持ってくる。私はそれをパクっと食べて、満足気に笑った。それを見てハルカが微笑む。


 「明日からまたライバルですよ」

 「そうね。アキトは渡さない」

 「そうです。その意気です!」


 ふたりして心から笑う。

 なんだかとっても楽しいな。お互いに好きな男がいない席で、その男の話で盛り上がる。こんなに面白いことはないな。

 私たちはテーブルの上を食べ散らかしながら、お互いにひかれていった。




---

次話は南里アキトが心情を吐露します。周りが変わっていく不安を口にしたアキトにハルカは…。

良かったら「応援をする」を押したり、フォローをお願いします!


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る