第29話 【番外編・其の一】 ~恋ンビニエンス・スト愛 『割かし、どこにでもありそうな恋慕のお話し』~

 働いている姿の女性と言うものはとても魅力的であり、かてて加えて随分と大人びて見えるものである。そいつが精々高校生になったばかりの小倅である「僕」ともなれば、より一層年上に感じるってな話だ。


 もう早三ヶ月前になるのか。うちの近所に一軒のコンビニエンスストアが新規オープンしたのである。でもって有り体に申せば、僕はそのお店の女性店員さんに恋をしている。あいや、御安心召されい。勿論、御多分に漏れず片想いだ。


 さて、皆様も知っての通りだとは思うが、コンビニってのは高確率で開店セールの安売りを執り行っている。それ目当てで足を運んだのが、僕とこのお店とのファーストコンタクトだ。


 実の所、自分家じぶんちから徒歩五分圏内には、既にコンビニが何店舗か有るのだが、店員の態度が気に食わない店ばっかで、何よりかにより、何処も品揃えが今一なのだ。


 そこへ行くと、新たに出来た此方こちらのお店はと言えば、取り揃えがとても良かったのである。まあ、オープニング・セール開催中なのだから当然っちゃ当然か……と思いきや、三日間の安売り期間を終えてからも満遍なく商品は入荷し、僕がその日に欲っする物は必ず置いてあるのだ。


 従って 、「とても気に入りました!」ってな感じで、僕は此処ここのお店を心のブックマークに登録し、僕的お気に入り店に大決定したのである。


 それからは、ほぼ毎日お店に通った。立ち寄る時間帯は登校前と下校時。大体朝はお弁当類で、夕方はホットスナックとかお菓子を購入するってなサイクルである。


 そんなで、僕が訪店し始めて二週間位は、特段大きな事件が起きる訳も無く、平穏無事にコンビニ生活は過ぎ去って行くのであった。


 そう、この頃までは店員さんの顔すら殆ど見もしないレベルで、がレジを打とうとも、関心が薄かったのだ。


 ただ、少しだけ気になる女性の店員さんが一人居た。年の頃は僕より三~五歳ほど年上と言った所だろうか。恐らく年下って事は無いだろうとは思う。


 彼女の事が引っかかる理由として、先日グラビア活動休止を宣言し、女優業に専念する事を表明した若手のアイドルが居るのであるが、その彼女に似ていたからに他ならない。けれども、そのタレントさんは自分のタイプでは無かった為に、「あの芸能人ってば、名前は何と言ったっけか?」と、この時はまだ、その程度の認識であった。


 それよりか、そんな彼女の見た目的な事よりも、満面の笑みを浮かべながら、何より楽しそうに業務をこなしている姿の方が印象的だったのだ。思えば彼女のそんな所に気が付いた時より、僕は店員さんの事を意識し始めていたのである。


 それから間もなくして、僕が一瞬で恋に落ちる出来事が訪れる。


 そう、その日も何時も通り、学校帰りにホットスナックをお買い上げ。この日の気分はを我慢し、からあげ棒とアメリカンドッグと言う肉×肉コンビで、がっつりカロリー摂取する事を選択していた。


 だが、お店を出てふとビニール袋の中身を確認すると、何時もはサービスで貰えるおしぼりが入っていなかったのだ。


 これはいけない。


 購入したのは何てったってダブルの油物だ。これじゃあ食べ終わった後に、お口もお手々もオイルでテカテカになってしまう。


 てな訳で、極めて命に関わる案件であるからして、僕は是が非でもおしぼりを頂戴しなきゃと、お店に舞い戻って店員さんに直訴したのである。


「あの~、すみません。おしぼりを一枚頂けますか?」


 僕が退店したのはほんの数分前であった為に、店員さんも直ぐに理解してくれた御様子だ。


「あ、御免なさい。渡し忘れちゃってたみたいですね。ええっと、じゃあお詫びの印に、何枚か御負おまけしちゃいますね♡」


 そう言いつつ、店員さんはニッコリと笑いながら、おしぼりを三ダース程ビニールにぶち込んでくれた。ほう、おしぼり界隈は好景気、ワオ!


 けれど、この時に僕に向けて見せてくれた、店員さんのお日様の様な頬笑みが切っ掛けで、僕は訳である。フッ、男が惚れる時なんぞ、高々こんなもんですわ。実にチョロイもんだぜ。


 よく聞く、「好きなタイプは?」と聞かれて、「好きになった人がタイプ」と答える例のあの問答。既に述べた様に、はっきり言って店員さんの顔は全く好みでは無かったので、これに僕はぴったり収まった形である。


 さて、僕が好きになった当の店員さんであるが、彼女の胸部に付けられた名札によれば、「あい」さんと言うらしい。残念だが下の名前はまだ知らない。聞けていない。恥ずかしい。


 そして、ここに来てコンビニ特有のドでかい問題が立ち塞がる。


 何と言っても僕が恋した相手はコンビニの店員さんなのである。彼女は絶賛お仕事中なのだし、お近付きになるには中々にハードルが高い案件だったりするのだ。


 しかも店員さんとお話しが出来るのはレジ会計時の一瞬だけなのだ。この場でダラダラと長話をしようものならば、他のお客様のご迷惑となりますもので。


 ならば商品陳列や店内清掃の時に話し掛けるのはどうか? 馬鹿め。それこそ業務妨害以外の何者でもないし、却下だ。


 そんな訳で、まずは兎にも角にもお店に通い詰めて、僕の顔を覚えてもらう事にしたのである。


 因みに、ここのお店のレジカウンターは二つ。最悪なのは、混んでいる時に別の店員さんのレジに並んでしまう事であろう。だが案ずることなかれ。こんな時は伝家の宝刀・雑誌の立ち読みで時間を潰すのが妙手だ。そうしてレジが空くのを見計らって、あいさんのレジ所へ驀地まっしぐらってな寸法よ。


 てな事で、次の段階はやはり会話だ。初めの頃は「お早う御座います」などの軽い挨拶から始まり、次第に「今日は良い天気ですね」などのお喋りを出来るまでに持って行ったのである。


 そんなんで一ヶ月が経過する頃には、世間話や趣味の話くらいは出来る様になっていたのであった。ここまで来れば、かなり仲良くなったと言えよう。


 あと、僕の様に基本毎日行くならば、それほど重要視しなくて構わない点だろうとは思ったのだが、一応意中の人の勤務日は把握しておこうと考えた。どうやら、あいさんは月曜日と水曜日と日曜日が休日である。


 ともあれ、そんな風に随分あいさんとトークが出来る様になって、更に嬉しい事もあった。


 僕の趣味は漫画・アニメ・ゲームと、所謂ヲタク寄りの人間なのだが、何とあいさんはこの話題にも造詣が深かったのである。僕が会話中に出す作品の知識を大抵お持ちで、とても盛り上がる事が出来たのだ。


 そんなもんだから、僕は益々あいさんに魅了されて行った。


 そうそう、ある時に僕は話のネタの一つとして、先に挙げたあいさんに似ている例の女優を引き合いに出し、「あいさんって彼女にそっくりですよね」と振ると、あいさんは謙遜し、「えー? 確かにあの方は凄く愛らしいですけれど、私なんて似ても似つかないですよー」とは言いつつも、満更でもなさそうな顔でとても嬉しそうであった。きゃわわ。


 そして案の定、今では僕もくだんの女優さんのファンになってしまっている。


 ……それはそうとして、もっとあいさんと語り合いたいものである……。うむ、この欲求は当然の事であろう。


 なので、僕はもっと話せる方法を模索し、さて、どうしたものかと思案し、案を練り上げた。


 まずは「お弁当orおにぎり温めますか?」の問いに対して「お願いします」と答える大作戦である。うぬん、これで1~2分はあいさんとの話談で事が出来た。しかも本戦略は日常で何度でも遂行可能であるが故に、かなり有用なのであった。


 次にお店で使えるポイントカードの質問大作戦である。その内容とは、やれ電子マネーチャージの事を聞いたりだ~、やれポイントでのお買い物の仕方を聞いたりだ~云々である。実際はカードの詳細なんぞ、自分では重々承知している癖に、あたかも無知者の如く振る舞うと言う、非常に卑劣極まりない悪魔の戦術である。


 本策戦では、前述の「お弁当orおにぎり~略」よりも倍は時間を稼げちゃうのではあるが、お店の繁忙期などはあいさんを焦らせてしまうので、この所業はあんまし実行していない(過去三回強行)。


 しかし、こんなチマチマとしたやり方ではすこぶる物足りない。もっとこう、アレだ。あいさんとより長く話せる手立ては無いものなのか?


 ……有ったんだなこれが。


 その名も、店頭受け取りのみ商品を予約しましょう大作戦だ。何とまあ丁度良いタイミングで、僕が買いたいと思っていた新作ゲームの発売日が正式に発表されたのだ。それに伴って、本ゲームのキャラクターフィギュアやグッズetc.の特典付きである、コンビニだけの限定版も販売が決定。そいつを予約する事にしたのである。


 これが又々大成功。完全予約生産限定のセット販売なので、カタログからの確認→申込書に必要事項を記入→そして、ご予約は全額前金制との事だったので、それらの手続き諸々……そうね、大凡おおよそ10分位は、あいさんとの楽しい時間を堪能したのである。


 いやはや、これだけ長い時間に渡って雑談が出来たのは初めてだったので、物凄く余は満足じゃ。


 だがしかし、この手段も頻繁に行使する事は不可能なのだ。


 もうお分かりであろうが、この方法は出費が半端無いのである。他にもお歳暮何かが予約商品に該当するのであるが、やはり単価が結構お高く、僕のお小遣いが保たないので無理だ。


 ……ん? そこまで話せる様になったのなら、さっさとアドレスを渡せば良いだって?


 はは、馬鹿だなあ。何も分かっちゃいないね、君達は。


 そんな生き急ぐ様な真似をして、仮にあいさんが彼氏持ちだった、みたいな衝撃事実が発覚したらどうするおつもりだよ。今の僕ならば十中八九で立ち直る自信何て無いぞ。チェリーボーイの意気地無さを舐めちゃいけませんや。


 それとね、コンビニでの恋は、「じっくりと時間を掛けて育てる」が鉄則なのだよ諸君(ネット調べ)。


 後はアルバイトとして、あいさんの居るコンビニに勤務する道も考えた。されど我が家庭としては、学生の本分は学業であるってな教育方針であるからして、両親の許可を得られなかったのだ。


 ……しかれども、何だかこの恋は上手く行きそうな予感をひしひしと感じているのだよ。


 無論、それを裏付ける根拠だってある。


 だってね、コンビニ店員さんの挨拶って、通常は「いらっしゃいませ」と「有り難う御座いました」がデフォルトで御座いましょう?


 それがあいさんってば、僕に対してのみ、朝ならば「いってらっしゃいませ」で、夕方であれば「お帰りなさいませ」や「学校お疲れ様でした」って、満面の笑み付属で仰って下さるのだぜ。


 どうだい、羨ましかろう。


 それにつけても、いやぁ、恋心って本当に素晴らしいものですな。


 だって、こんなにも多幸感に包まれる上に、何気ない日常が眩い程に色づくのですから。


 ふふん、まあ見てなって。丸でロマンチック映画の様な恋物語を紡いでやっからよ。


 言わずもがな、スーパーハッピーエンドのな。


 おうともさ! 僕、絶対幸せになります!!


 はいはい、っちゅー事で、本日も普通にコンビニでお買い物を終え、ルンルン気分で帰宅中ってな訳ですよ。


 明日もさんにに行こう。なんちゃってな。ふふ、ご覧の通り、思わず小粋な駄洒落も飛び出してしまう位には、超絶浮かれている僕の図だよ。


 おっと、そうだ。普段の僕はレシートは貰わず、店員さんに処分をしてもらっている派なのだけれども、今日は珍しく頂いて来たのである。


 いやいや、理由は別にどうって事はなく、合計金額が「777」のぞろ目だったものでね。


 したらば、あいさんがさ、「わー、珍しいですね。額に入れて記念に残しておきましょうよ♡」とかのたまっちゃうんだもん。


 むふふ、その様に言われてしまっては、持って帰らずにはいられまい。ええ、受け取りましたとも、初レシートを。


 そんじゃまあ、この勢いそのままに、しからばちょっくら、今回のお買物戦利品の確認と洒落込みますかいね。


 えーっと、どれどれ? お店のロゴマークから始まり、住所と電話番号に続いて、次にはこう書かれているな。


『2112年09月03日(土) 18:30 無人コンビニエンスストア361号店 レジ担当者# 試験用女性型AI(人工知能)搭載アンドロイド あい(CSJ-711)』

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