第18話 毛倡妓

 ~毛倡妓けじょうろう……鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』や江戸時代の黄表紙にある日本の妖怪。その名の通り、長い髪がぼうぼうの倡妓(遊女)の姿をしており、遊廓に現れるとされる。『今昔画図続百鬼』では、顔も見えないほど毛むくじゃらの倡妓の姿で描かれている。解説文によれば、ある男が知り合いの女の後ろ姿を見かけたと思い、駆け寄って顔を見ると、それは全身が毛に覆われた毛倡妓だったとある。日本文学研究家・アダム・カバットはこの妖怪を、長い髪に隠れて顔が見えないのではなく、最初から顔のない、のっぺらぼうのような妖怪としている。妖怪研究家・多田克己はこれを、江戸時代の吉原遊廓を風刺した創作と指摘している。※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋~


 これは、僕が数年前に性風俗店に時の話である。


 幼少より一度だってモテた事が無かった僕は、当然二十歳をとうに越えてからも、性経験のない男だった。なので、結局は手っ取り早いソープランドと言う道を選択してしまう。又、知り合いには見られたくないって羞恥心から、態態わざわざ隣県にある店舗に遠征した。


 事前のネット指名にて、無事にお店の人気ナンバーワン・コンパニオンの予約も取る事ができ、身嗜みだしなみを整えて、軍資金の用意もバッチリと、まさしく万全の態勢で臨むコンディションである。


 しかし、いざお店に到着するや否や、緊張・緊迫感が一気に押し寄せてきたのである。


 そんな有り様ではあるが、受付で入浴料+サービス料を支払うと、暫し待合室で待機→お店のスタッフに呼ばれ、店内設置のエレベーター前へ→自動ドアが開くと、ここで僕のお相手のソープ嬢と初対面し、彼女に手を引かれながら個室プレイルームに移動と、ここまでは実にスムーズな流れであったのだ。


 さあれども、やっぱし可成りテンパっていた僕は、お部屋に入室しての開口一番「じ、じ、じ、自分はチェリーボーイなんです! お、お、おお、御手柔らかに願います!!」と、いきなり吃音きつおん混じりで恥ずかしい告白をぶちかましてしまったのである。


 思いも寄らなかった僕のアクションに、一瞬だけきょとんとした彼女であったが、直ぐに小悪魔っぽい笑みを浮かべつつ「じゃあ、おかしちゃお~♡」と言いながら、僕のファーストキスから始まり、僕にとって有りと有らゆる性的な初めてを奪って頂いた。


 僕が遣らかしたへの落ち着いた対応も然ることながら、男を悦ばせる見事なテクニックも含めて、流石はプロだと言わざるを得ない御手前であった。まあ、要するに何が言いたいのかと言うと、すんげえ気持ち良かったって事。ひとえに感謝いたします。


 そうして営みを終えた直後に、彼女は僕を優しくぎゅっと抱きしめてくれて、同時に「童貞卒業おめでとう」と耳元で囁いてくれた。正直な所、これなる彼女の慈愛に満ちた振舞ふるまいの方が、初の性行為を成功させた(性交だけに(笑))と言う事実よりも感動してしまった。


 とは言え、媾合こうごうの快楽を知ってからは、僕は給料の殆どをそのソープ店に注ぎ込む様になり、正しく猿の様にお店に入れ込んだ。言うまでも無く、毎回の本指名は、僕の初体験の女神様である彼女一択だ。


 幾度となくお店に訪れる内に彼女との信頼関係は増し、この僕が遠方から時間を掛けて来店してくれていると言う事もあって、彼女の仕事終わりには一緒に食事に行くのが定例となった。まあ、流石に彼女の住まいまでは教えてくれなかったが。


 そうやってあっと言う間に一年の月日が流れ去り、僕は何時いつもの様にお店に予約を入れようとすると、ホームページの在籍一覧から彼女のパネルが削除されていた。そこで、直接お店に電話での問い合わせをしてみると、残念ながら彼女は既に退店したとの事だった。


 それから程なくして、僕の携帯電話に彼女からのメール着信が有り「借金の返済を終えたので、もう風俗業界から引退します。これからは本当にやりたかった事である、保育士を目指して頑張ります」との内容であった。


 なるほど、そう言う事か。これであの包み込む様な彼女の暖か味に説明が付く。それに彼女曰く、自分は兎角人と接する仕事が好きだとも、以前僕に語っていたっけか。うむ、そんな彼女が保母さんになったとすれば、きっとお子さん達からも物凄く懐かれる事であろうな。


 それと、これは風俗あるあるなのだが、大抵の風俗嬢は、お店を辞めた途端に連絡が取れなくなる。彼女も例に漏れず、先のメールを最後に返信も出来なかったし、電話も繋がらなくなっていた。


 それで僕はと言えば、それからも暫くは別の女の子達に、或いはこことは違う別のお店に赴いてはみたものの、彼女と共に過ごす様な満足感は欠片も得られなかった。


 そう、僕は彼女の事を只の性欲処理の相手としてではなく、一人の異性として、本気で好きになっていたのである。


 その後は何だか無性に空しくなり、その内に風俗店通いも一切断つ事となった。


 さて、あれから随分と時は経ち、まさかの僕も奇跡的に真っ当な恋愛をする機会に恵まれた。しかも、その折のお相手と結婚にまで漕ぎ着ける事が出来たのである。今では可愛らしい奥さんと二人の子供にも恵まれて、平凡ながらも幸せな毎日を送っている。


 そんなある日の事、僕の携帯に、件名が「ご無沙汰しております」とのメールが届いた。あのお店の彼女だった。


 僕はアドレスの変更を全くしていなかったので、彼女の方も完全には削除していなかったのかと、ちょっぴり嬉しい気持ちになった。


 メールには画像が二枚添付されていて、一枚目は楽しげな様子で一人居る彼女の写真だ。わずかばかり歳を取った感は否めないが、相変わらずの美人さんである。


 そうして二枚目には、沢山の達に囲まれ、これ又幸せそうに中央で微笑んでいる彼女の写真があった。


 ああ、彼女は夢を叶えたのだな。これぞ、お互い絵に描いた様なハッピーエンドってやつじゃないか。


 そして、メールの本文にはこう書かれている。


 あの頃、避妊をせずに生で中出しエッチを許したのは君だけ。全員あなたの子よ。認知して。

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