第8話 化け猫

 ~化け猫……日本の妖怪の一種。その名のとおりネコが妖怪に変化へんげしたものである。化け猫のなす怪異は様々だが、主なものとしては人間に変化する、手拭を頭にかぶって踊る、人間の言葉を喋る、人間を祟る、死人を操る、人間に憑く、山に潜み、オオカミを引き連れて旅人を襲う、などといったことがあげられる。珍しい例では、宮城県牡鹿郡網地島や島根県隠岐諸島で、人間に化けたネコが相撲を取りたがったという話もある。※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋~


 僕の恋人はそこそこ人気のコスプレイヤーで、彼女との出会いは世界最大の同人誌即売会だった。


 当時、某アニメの猫耳キャラクターのコスプレで撮影会に臨んでいた彼女。その名状めいじょうがたい愛らしさに僕は虜となり、夢中でカメラのシャッターを切りまくっていた。


 それから数日後の事、僕はその彼女と近所のスーパーマーケットで、思い掛けず出くわしたのだ。


 当たり前だが、その時は猫の恰好なぞはしておらず、むしろプライベートは必要以上に地味な服装の彼女であった。


 だが、どこか華がある人と言うものは、ちょっとした変装などではオーラを隠し切れないものである。


 なので、一発で彼女だと見抜いた僕は、速攻で声を掛けたのだ。


 話してみると、何と彼女の住まいは僕と同じ町内で、しかもこのスーパーをよく利用しているとの事だった。


 それからも、しばしばこの店舗で顔を合わせる事があり、漫画やアニメやゲームの話題で盛り上がる事が出来た。やはり同じ趣味をもつ者同士だと会話も弾むものだ。


 かるがゆえに、何時しか僕は彼女に対してガチ恋を煩うのに、そう時間を要さなかった。


 そして、取り敢えず連絡先を交換してからは、急転直下の展開であった。驚いた事に、お付き合いの申し出は彼女の方からであったし、しかも僕のアパートで同棲をし始めるまで、とんとん拍子に話は進んだのだ。


 この怒濤の展開には、僕も若干ついていけてない感があるのだが、今が幸福であることに変わりはないので、そのうち僕は考えるのをやめた。因みに僕にとっては、人生初の彼女である。


 それはさておき、普段外に居る時の彼女は質素な見た目なのだが、ひとたび家の中に入るとに大変身である。


 コスプレに関して、彼女には彼女なりのコスのこだわりがあり、必ず猫縛りのキャラコスしかしないのだ。そう言った信念を貫く姿勢も、多くの固定ファンが付いている所以ゆえんであろう。


 最近では彼女もメディア露出が急増し、ファンの絶対数も鰻登うなぎのぼりだ。このような中、彼女のプライベートコスを間近で見られる僕は幸せ者だと思う反面、何時いつか何者かに刺されやしないかと戦々恐々である。


 これは余談になってしまうが、自分は同人即売会で買い手にしか回った事が無かったのだが、彼女がモデル兼製作で販売する写真集繋がりで、売り手側で参加する経験も出来た。彼女と親しくならなければ、あるはずがない貴重な体験だったろう。


 いやはや、彼女と一緒に居る日々は本当に楽しくって、恋……いては恋人とは本当に素晴らしい物だと実感させられる。


 それを証するように、仕事でくたくたになって帰って来たとしても、彼女の猫コスで「お帰りなさいだニャン♡」と言われた日には、立所たちどころ疲労困憊ひろうこんぱいも吹っ飛んでしまうレベルなのである。


 そんなある日、本日も例によって詰まらないルーティンワークだった。だがしかし、就業を終業し(意図せず韻踏み(笑))、家に帰りさえすれば、愛しの彼女が出迎えてくれるのである。その一心で今日も一日乗り切れた。


 そうして、僕は「ただいま!」と元気に入り口のドアを開けた訳だが、何時もの「お帰りなさいだニャン♡」の台詞が返ってこない。


 部屋の中央には一つテーブルが置いてあるのだが、そこには「バイバイだニャン」と一言だけ書き記されたメモ書きが置かれていた。


 訳が分からなかった。ここ数日不仲だった訳でも……と言うか、今まで一度も喧嘩なんてした事が無いのに、一体何故?


 ああ、すっかり忘れていたけれど、猫って滅茶苦茶めちゃくちゃ気まぐれだったわ。

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