第2話 子泣き爺

 ~子泣き爺……徳島県山間部などで伝承される妖怪。本来は老人の姿だが、夜道で赤ん坊のような産声をあげるとされている。一般には、泣いている子泣き爺を見つけた通行人が憐れんで抱き上げると、体重が次第に重くなり、手放そうとしてもしがみついて離れず、遂には命を奪ってしまうとされている。書籍によっては、子泣き爺は石のように重くなることで抱き上げた人間を押し潰すなどと記述されている。※フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋~


 ここは寝たきりや認知症などが半数以上を占める老人ホーム施設。俺はこんなで働いている介護士だ。


 今や少子高齢化問題で、例え無資格であっても、将又はたまたこの俺みたいに、年長者を敬う気持ちが全くないクズ野郎でも、渋々しぶしぶ雇わざるを得ない位には、慢性的な人材不足である。


 ここで糞爺くそじじい紹介させてくれ。


 この糞爺が、事ある毎に俺に頼み事をしてきやがるんだ。やれ、「手相を見せておくれ」だとか、「覚え立ての手品をするから見ておくれ」だとか、まあ、他愛も無い要求ばかりなんだけどな。


 そんでもって、これなる糞爺の要望に甲斐甲斐しく付き合ってあげた暁には、決まって、「一度でいいから、○○をやってみたかったんじゃ。有り難うよ」と、涙はおろか、鼻水とよだれを垂れ流しながら、泣いて感謝の言葉を述べるのだ。


 ……おいおい、そのしたたり落ちたは俺が掃除するんだぞ、ったくよう!


 んまあ、こんな感じで超絶ストレスの溜まる職場だが、少しだけ癒される瞬間があるのだ。


 それは、こいつら老いぼれ共が、文字通り死ぬ時である。


 無論、仕事の負担が減ったと言う点も間違いじゃないが、重要なのはそこではない。


 この見るも無惨に老いさらばえた姿形すがたかたちを見るだけでも面白いのだが、それこそ生産性も欠き、最早只の尿と成り下がった此奴こやつらでも、親族や他の介護職員は泣いてくれると言う事実よ。


 俺にはそれが滑稽こっけいに見えて仕方がないのだ。丸で上質の喜劇か漫才でも観覧している気持ちになって、ついつい吹き出しそうになっちまう。


 なので、そのコミカルシーンが見たいが故に、俺は「とっととくたばりさらせ」と、日々切に願っているってな寸法よ。


 さて、そんなある日、例の糞爺に又候またぞろお願いをされた。


 本日の申し入れは、「間近で顔をよく見せておくれ」であった。


 だもんでリクエスト通り、俺が糞爺に顔を近づけたその途端に、見ていた景色がぐるりと真横に百八十度回転し、糞爺の居る方向とは真逆の眺めが視界に入ってきた。


 糞爺はいつもの口調で、「一度でいいから、年寄りを馬鹿にしている野郎の首をねじ曲げてみたかったんじゃ。有り難うよ」とのたまっている。


 俺は薄れゆく意識の中で、自身が涙はおろか、鼻水と涎を垂れ流しているのを感じていた。

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