オーナーとソフィ2

頭がボーっとして、25m自由型を全力で泳いだ後プールから陸に上がったときのような倦怠感、まるで白昼夢でも見ているかのようなだった。





驕りがあった。それは認めよう。


『たかだか』という前置詞を置けば差別のような言葉になってしまうし、今では『彼女たち』と出逢ったことで考え方もだいぶ変わっていたが、当時の俺は確かに『たかだか』ギア付きの原付に乗った程度で天狗になっていた。



そう強く後悔すべき出来事が、ついに起こったのである。



初回の講習で教官に褒められたことで天狗になり「もっといいトコ見せてやろう」くらいに思っていたのだ。無論受付嬢の妨害工作によって焦りと不安、怒りが助長され、「こんなところさっさと卒業せねば」と感じていたのは紛れもない事実であるが。



その日初めて教わった『スラローム』での話であった。



スーフォアの車体を左に軽く振り、スロットルの開放と同時に今度は右に振ってみせ、スラロームへと突入する。


コーンを横切り、次第に速度を失い始める。二輪車である以上自立はできない為、左右どちらかには倒れることになる。そこを体重移動で左に傾け、車体がグラリとバランスを失った瞬間に再びスロットルを開放し、加速と安定を与えてやる。



(よしっ、いいカンジ!)




車体はカラーコーンの間を滑らかに縫い進む。しかしいい気になったのが仇になった。


他よりもほんの少しスロットルの開放が強くなった。そうなれば脈が強く鼓動するように半径が広がる。何もない所であればよかったのだが、残念なことにそこにには縁石が待っていた。



「うわッ・・・・・・ぶなっ」


すんでのところでブレーキが効き、縁石への激突は回避出来たものの、急ブレーキによってバランスを崩した俺はスーフォアとともに横倒しに投げ出されてしまった。



そして、バンパーによってスーフォアの傾きが止まれば、最後は俺だけが路肩に放り出される。



「がッつ!‼」


縁石のカドにヘルメットをぶつける。


実際、そこまで痛みは無かったのだが、グルグルと自転を繰り返したときのように目が回ってしまい意識が朦朧としてしまっていた。




白黒する視界の中、可憐な少女の声が聞こえ来た。




『あーあ、転んじゃって・・・・・・痛ったいなぁもう、キミ、大丈夫?』



恐らく眼前に手を差し出されていた。しかし判然としない視界ではその手を捉えることができない。



しかし、一体彼女は何者なのか? 近くを走っていた女の生徒だろうか? あるいは女性の教官など居ただろうか?



いや、これは・・・・・・



ついにその視界が晴れて差し出された手を掴み撮り、驚くほど強い力で持ち上げられた。


そして疑問に対する的確な答えを得た。訪れるはずの羞恥と後悔の念は、彼女を目にしたことで完全に吹き飛んでしまった。



教習所指定の長袖長ズボンに各種プロテクターとフルフェイスメットという野暮ったい格好ではなく、少々(どころではなかった)浮世離れした、まるでイベントなどで羽目を外したようなコスプレイヤーのような格好の少女であった。



『ねぇキミ、聴こえてる? 大丈夫かな?』


「・・・・・・・・・・・・」


あぁ、なるほど。




打ちどころが悪かったに違いない。

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