クッキーとレイブン5

マグナ(マグナ50)とレイヴン(レブル250)のグラビア撮影(ではない)を終え、俺とマグナ、クッキーとレイブンの初プチツーリングが始まる。


職場までの道のりはおよそ7km。道幅の大きなせせらぎ街道に出れば後は一本道となってしまい、あっという間に現着してしまう朝飯前のコースなのであるが、



街道に出る一歩前、前を走るクッキーは右にウィンカーを切った。


(街道には出ないのか?)


二人は街道脇の狭い住宅街の道を選び取り、速度もそこそこに進む。


『ひょっとして、大きい道路に出るのが怖いのかな?』


ポツリとマグナが漏らす。そのムーブには覚えがあった。俺もロッティを購入したばかりの頃は高速道路を含む3車線以上あるバイパスや、右折車線の多い交差点を避けるような道選びを行っていたのだ。




高速道路は今でもであるが。



「わかるっ! わかるよクッキー。怖いよなぁ、辛いよなぁ・・・・・・」


『な・・・・・・どうしたのさオーナー?』


二輪免許を取ったばかりで、しかもレイヴンは新車である。当然といえば当然だった。俺はしばらく彼女たちのライディングを見守ることにした。




住宅街を抜け、大きな田園地帯の畦道を補修した農業用道路に出る。左右前後を遮る物は一切なく、奥羽山脈に峰を連ねる蕃山が春の芽吹きを感じさせる緑の出で立ちで雄大にこちらを見守っていた。


そんな長閑な風景とはミスマッチな時代最先端のオートバイ、レブル250は農道に規則的で規律を保った排気音を投げつつのんびりと歩を進める。クッキーはジャケット越しにもわかる力の入った肩で懸命に車体をコントールしようとしているかに見えた。



良いんだ。ちょっとづつ、ちょっとづつ慣れていけば




その言葉は少しだけ、自分に向けたものでもあった。





そして、現着。会社入り口の門を開けるため俺たちは一旦車体を停止させたのだが、車体を降りてヘルメットを脱ぎやり、クッキーは嬉しそうに言い放つのである。




「いやー先輩、良く着いてこれましたね! マグナちゃんもすごい!」



「えっ?」『えっ?』


さて、一体全体この娘は何を言っているのだろうか?


「何って、ほら、二人は原付きじゃないですか、こっちも免許取り立てなもんで、速度を抑えるのに苦労しましたよー」




「えっ?」『えっ?』



なんともはやである、公道に不慣れなクッキーを生暖かい目で見守って居たはずのこちらが、逆に気を遣われていたというのである。 「良いんだちょっとづつ」など勘違いも甚だしい優しさを垂れ流していたのが滑稽でしかなった。



『原動機付自転車の制限速度は時速30km毎時・・・・・・無理はしない方が良いですよ?』



終いにはレイヴンも一緒になって言うのである。



「まぁ確かに」『それはそうだね』



しかし、


かつてコンシューマー向けゲーム開発の黎明期、伝説的なゲームにおいて不親切なヒントでプレイヤーを右往左往させたキャラクターの、こんな言葉が残っている。



「いやー探しましたよ」



多くのプレイヤーはその言葉に激怒し、コントローラーを投げたとか壊したとか、或いはクリアできずプレイを諦めてしまったとか。



今まさに、彼らの苦痛や苦悩、悲しみが、俺の怒りと密接にリンクして「この恨みはらさでおくべきか」と胸中にて鬨の声をあげた。




「・・・・・・・・・・・・許さん」




「え?」『え?』『え?』




「・・・・・・許さん! 絶対に許さんぞクッキィ! ・・・・・・こうなったらぁ・・・・・・」


会社倉庫へと駆けていき、閉ざされた扉を勢いよく開け放つ。そこに眠るのは古の時代より封印されたとっておきの怪物・・・・・ではなくヤマハ発動機が誇る今世紀最高にクールでモダンなクラシックの権化・・・・・・要は就寝中のロッティである。



「起きろ、ロッティ! 封印されたお前の力を見せてやれ!」


幸運にも一発で蹴り起こし、一刻も早くあの新米ライダーたちに、現実の厳しさを教えてやるべく、更かし気味にアイドリングを行った。


『うぅ、煩いのだけれど・・・・・・こっちは起きたばかりなんだから、もう少し静かにしてもらっても良いかしら?』


「やかましい! いーから早く暖まらんかい!」






『何か、気に触るようなこと、言ったでしょうか?』


『オーナー、なんだか追い詰められた戦隊モノの怪人みたいだね』



「先輩・・・・・・そんなに早くロッティさんに会いたかったんですかね?」


2018年の春を迎えたせせらぎの、何とも平和なことか。正門に取り残された三人は、ただただ唖然とするばかりであったそうだ。

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