クッキーとレイブン2
クッキーがレブル250車体の鼓動を止めれば、俺の視界には余人には見ることのかなわない、オートバイの化身・・・・・・レブル250の擬人化、クッキー曰くレイヴンが視えるようになる。
艶のある黒い長髪、目に覆い被さる程伸ばされた前髪は不思議なことに不精な印象を与えて来ない。ガソリンタンクからリアフェンダー部のマットアーマードシルバーメタリックを意識したロングコートには『跳躍』と『力強い意志』を象徴とするHONDAのウィングマーク(D型)があしらわれており、その中には上下黒のシャツとスキニーを履いていた。
「へぇ・・・・・・カッコイイじゃん」
『・・・・・・・・・・・・』
当の彼女はこちらの興味などはまるで意に介していないかのように明後日の方向を向きやり、その吐息春風に乗せながら黄昏れていた。
コートによってシルエットはぼやけているものの、スラリと手足が細長く、何処が現代っ子のように痩せてミステリアスな印象を受ける少女であった。
「ってかどしたのクッキー。レブル250って」
てっきり『マグナ50を譲ってくれ』と頼みに来るものと思っていたのだが、そもそもいつの間に自動二輪免許など取得していたのか、疑問はいくらでも沸いてきた。
「先輩がマグナちゃん貸してくれたあとすぐにヤマノウエ自動車学校に通いまして・・・・・・」
「・・・・・・え、そこ俺も行ってたとこじゃん」
なんとクッキーが入った学校もあの詐欺行為を働く受付嬢がいるところであった。西部仙台では割りと有名な学校であったため、そこへ行かないとなると次の候補に山形の学校などが入ってくるのである。出国手続きやパスポート・ビザの申請が面倒な者は必然的にこのヤマノウエ学校へと通うことになるかと思われた。
「ちゃんとスケジュール入れられたの?」「・・・・・・? えぇ、まぁ」「受付に意地悪されたりしなかった?」「いや、フツーに良い人でしたけど・・・・・・」
それでは辻褄が合わない。はて、彼女が通った自動車学校とは、本当に俺が行った学校と同じ学校なのだろうか?
「そんなことよりも! ですよ! 先輩」
「な、なんだよ、急に」
勢いを孕んだ彼女の言葉に些細な疑問は吹き飛ばされてしまった。
「自車校に通ってるとき、『スラローム』ってあったじゃないですか?」
「あった」
直線上等間隔に配置されたカラーコーンを、車体を左右へと振り、ひとつずつ避けながら進むコースで、制限時間も設けられており、自動二輪免許取得の難関コースのひとつでもあった。
そして俺は、あれが一番嫌いだった。ターンの際大胆なアクセルワークが要求されるのだが、転倒の恐怖からそれが出来なかったのである。
「転ぶじゃないですか?」
「転んだ」
受講期間中一度だけ転倒した事があった。それもスラロームであったのだが、道路脇の縁石に派手に頭をぶつけてしまったのであった。
それからである。俺の世界に『彼女』たちが現れるようになったのは・・・・・・
「私、思いっきり頭をぶつけてしまって・・・・・・」
「? ちょっと待てクッキー、まさか・・・・・・ッ⁉」
嫌な予感とともに、かつての記憶が甦ってきた。
「そのまさかです!」
そこでクッキーはレイヴンに目配せし、背中合わせに気取ったポーズを取ってみせる。どうやらクッキーが彼女たちの姿を視認出来ているのは本当のようだが、赤の他人であれば関わりたくないようなキザなポーズである。
「・・・・・・そう、確かあれはちょうど2年前のことだった・・・・・・かつて『せせらぎの麒麟児』とも『ゆとり教育が産み落とした史上最凶のモンスター』とも呼ばれ恐れられた俺はとある山の上の自動車学校に通っていたのだ・・・・・・」
「いや、あの、そんなこと訊いてないっす」
「うっさい! 邪魔すんな!」
次回、ついに謎に包まれたせせらぎの麒麟児の過去編が始まる・・・・・・ッ‼‼
※山形県は2018時点において間違いなく日本国領土であり、パスポート・ビザ・出国手続きは不要となっております。
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